「ちりとてちん」?
実は落語の演目です。三味線の音色から取られた“微妙な”食材(?)「ちりとてちん」。
噺家の目から見た“食”の話題を取り上げてもらいます。さて、どんな話が飛び出すのやら・・・

落語のネタ帳・食べ物編…「千両みかん」

  清八でございます。

 サラリーマンにはボーナスのシーズンでございます。落語はだいたい江戸時代に確立された芸能ですから、お金の単位がわかりにくいです。時代劇に馴染みの無い方でも、「千両」というたら、たいへんな金額であるという、ご理解はいただけると思います。

 大阪・船場のある大店の若旦那が暑い土用の最中に恋煩いをしてしまいます。「恋煩い」 これも死語ですわな。小さい時から、いろいろと世話をしてきた番頭さんがなだめすかして、やっと相手を聞きだすと、「柔らかな、色つやのええ、ふっくらとした…」「へぇへぇ、やっぱり17、8の…」「何を言うてんのや、勘違いしたらいかんで。私が欲しいというのは女子はんと違う」「ほな、何でんねん」「みかんが食べたいのや」「ようそんなアホなこと言いなはる、みかんやったら、この部屋、みかん詰めにでもして差しあげます」
今では何でもない会話で終わってしまいますが、冷凍庫も輸入品も無い時代でございます。安請け合いに請合うてしもた、この番頭さん、大阪中を走り回ります。ようようのこと、天満にただ一軒、みかん問屋を見つけました。
「あの、お宅にみかんは、おまへんやろな」「何でやす、みかん、おまっせ」「あるか」「いや、ちょっと待っておくんなはれや。大阪で、ただ一軒年中、みかんを扱うてますというて暖簾を掲げてますとな、無いと言いえませんよってな。夏場も囲うてはありますが、今年の暑さでは…、もうし、一つだけ、無傷なやつが出てきました」「ありがたい。そんなら、これで売って…」「ちょっとお待ちを。あんさん、二分金、お出しになりましたな。これが旬のみかんでしたら二分で箱に何杯でも買うていただけますが…時期はずれだけに二分や一両では、お売りできません」「ごもっともでごわす。高いのは承知で、いかほどで」「それよりあんたまた、何でそない、みかんがご入用で…」「実は、私どもの若旦那が、みかんが食べたいという病気になりまして、それ思いつめて命にかかわるようなことになったんです。私が冬も夏もころっと忘れて、へえそんなもん、おやすい事ですっちゅうて、請け負うてしまいました。ここに、みかんがあった。もう命の恩人でやす。へえ、いかほどで…」「さよか、よろしい、お金はいりまへん。命にかかわるこっちゃ。早よ持ってお行きやす」「それでは気がすみまへん、高いのは承知でございます。どうぞお値段のほうはご遠慮なしに、おっしゃっておくれやす」「さよか、はい、わかりました。ほな、これ一つ、千両いただきます」「そら、あんまりえげつない」「何を言われます。上げるならタダで差し上げます。買うとおっしゃった以上、損はようしまへん。腐るのを承知でみかんを囲うております。千両、いただきます」
さあ、この番頭さん、がっくりと肩を落として、お店に戻ってまいります。親旦那さんに報告すると、「何万両出そうが倅の命は金で買えるもんやない。安い。千両箱一つ持って、買うてきなはれ…」
さっそく、番頭はん、千両箱一つとみかん一個を代えてまいりました。
「若旦那、お待っとうさんで」「番頭どん、すまなんだなぁ。今時分、みかんなんかあるわけないのに…」「いいえ、みかんおました」「あった…」「これ一つだけ、おましたで…」 「苦労したやろな」「私にお礼はいりまへん。親旦さんにお礼言いなはれ。これ一つ何ぼやと思いなはる。千両でっせ。親のご恩をありがたいと思うて頂きなはれや。皮むいてあげまっさ…。皮かて五両や十両の値打ちはおまっせ。十袋、これ一つ百両でっせ。…どうぞ」
「おおきに、お父つぁん、お母はん、頂きます。番頭どん、よばれるわ……ああおいしい。 番頭どん、これで私の病気は治ること間違いなしや。ここに三袋残ったある。一つお父っあん、一つお母はん、残った一つを、あんた食べとおくれ」番頭、みかん三袋手にのせて廊下へ出ましたが…、
「人間て、勝手なもんやな、わしが十二の年からご当家に奉公して、来年、のれん分けしてもらう時に出してくれる金が二十両か、五十両、間違うても百両は出してくれへん。これ、みかん三百両や、来年の別家が五十両、これが三百両…、ええい、ままよ」番頭、みかん三袋持ったまま、どろんしてしもた。

 「千両みかん」という落語です。私が落語にはまってしまっているのは、こんな噺があったからなんです。南半球から輸入したり大型の冷凍庫に保管したり、体に害のある保存薬品を使ったり、それで付加価値という意味のわからない高値を設定したりして、今の日本人の食生活って何なんでしょうか。

2004.7.14


34年間、お付き合いしている長野市戸隠の森の喫茶店です。


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