「ちりとてちん」?
実は落語の演目です。三味線の音色から取られた“微妙な”食材(?)「ちりとてちん」。
噺家の目から見た“食”の話題を取り上げてもらいます。さて、どんな話が飛び出すのやら・・・

「落語のネタ帳、その16」

 清八でございます。

 久しぶりに落語ネタに戻ります。ありがたいことに落語ブームが続いておりまして、インターネットから無料で聴けたり、三ヶ月前の高座がDVDで販売されるようになったりと、古本や古レコード店通いを続けてきた頃とは隔世の感がありますね。

 さて、一部の教科書に掲載されていたり、100円ショップの違法CDで販売されている落語ネタの一つに「時そば」があります。落語ファンでなかった方でも、この三文字はご存知だと思います。蕎麦の名産地では、すでに新蕎麦祭りも終わって冬支度に入る時期です。新蕎麦を神様に奉納するのが10月下旬から11月上旬で、それから商品として流通するのだそうです。私、蕎麦も結構好きな食べ物でして、長野県の戸隠村(現在は長野市です)の蕎麦屋で30年程前から食べ歩いておりました。新蕎麦を食べに行ったり、蕎麦食い大会に出場した経験もあります。ここ数年、蕎麦というと、十割蕎麦のブームがあって、講習会やら蕎麦打ちマシンが登場して話題になりましたな。ノーベル賞とは比較にはなりませんが、日本人の開発力はすごいですね。ざる蕎麦やもり蕎麦を先にゆでておいて乾燥させない調理器具があるくらいですからね。今でもけっこうこだわっている方がおられると思いますが、もともと、新蕎麦の時期には十割で、日が経過するにつれて、つなぎ粉を入れて8→7→6割蕎麦になっていったんだそうです。日本人ってすごいなぁと思うのは、逆8割蕎麦まで商品として流通しているんだそうですね。

 ところで、飲食業界でたいへんなんは、野菜が高騰した時に、どれだけ一人分の分量を減らしてお客様の気分を悪くさせないか、という事でございますね。玉葱が高くなった時のカツ丼、キャベツが高くなった時のとんかつ定食、葱が高くなった時のざる蕎麦、いろいろありましたな。あるお蕎麦屋さんで、ざる蕎麦を注文したんですな。薬味として蕎麦汁の横に小皿に乗せた刻み葱がついてきます。そのお店は、小皿に刻み葱が三切れでした。いくら高い時期でも、これはないやろと思いました。今でも浜松市内にあるその店には二度と入りませんが。

 さて、「時そば」でございます。

 屋台で一杯の掛け蕎麦が二八の十六文だった時代、ある調子のいい男、流しの蕎麦屋をつかまえまして、「今日は寒いなぁ。どうだい、景気は……悪い、悪い後いいというから、飽きずにやりなよ、商いというから」世間話をしながら掛け蕎麦を待っております。「へぇ、お待ちどおさま」「えっ、もうできたのかい。早いねぇ、江戸っ子は気が短けぇんだ。お箸はと、感心に割り箸だ。あの割ってあるのはいけねぇや。どこの誰が使ったんだかわからねぇからね。ものは器で食わせろってぇが……この丼、いいね。鰹節をおごったね。なかなかこれだけの出汁がとれるもんじゃないよ。また、この蕎麦は細くて腰があって、いい匂いだね。竹輪が入ってるね。こんなに厚く切って商売は大丈夫なのかい。おらぁ、蕎麦っ食いなんで、これから贔屓にするぜ」「へぇ、ありがとうございます」「いくらだい」「十六文で…」「銭がこまけぇんだ。手ぇ、出しな」「へぇ」「ひぃ、ふぅ、みぃ、よぅ、いつ、むぅ、なな、やぁ…いま、何刻だい」「へぇ、九つで」「とぉ、じゅういち、じゅうに、じゅうさん、じゅうし、じゅうご、じゅうろく」勘定を払って、そのままぷぃっと行ってしまいました。

 これを脇から見ておりましたのが、われわれ同様の男でして、「なんだい、あいつは。男のくせにぺらぺら喋りやがって。箸が割り箸で、丼がよくって、鰹節でつゆがよくって、蕎麦が細い…あんまり世辞が多いんで食い逃げかなぁと思っていたら、払ったね、銭を。それも、いくらだい、って聞いたからね。掛け蕎麦は十六文に決まってるじゃねぇか。銭がこまかいから手ぇ出しなって、子供じゃねぇんだから。ひぃ、ふぅ、みぃ、よぅ、いつ、むぅ、なな、やぁ、いま、何刻だい、ってへんな時に刻を聞いたね。へぇ、九つで。とぉ、じゅういち…、あれっ、あっ、野郎、一文ごまかしゃがって。これじゃ蕎麦屋は生涯わかりっこねぇ。よし、おれもやってみよう」よせばいいんですが、翌くる晩、小銭を用意して待っております。
「おかしいな、夕べはこの辺りに出てたで…、おーい、蕎麦屋、逃げるなぁ、蕎麦屋、さっきから呼んでいるじゃないか。今夜は寒いなぁ」「いぇ、今夜はだいぶあったかいようで」「うん、寒いのは夕べ、夕べ」世間話をしながら待っておりますが、出てきません。「おい、いやに遅えじゃねえか。何、これから火を起こす。江戸っ子は気が短けえんだぜ…、もっとも俺は気の長い江戸っ子だからいいんだ。別に用事もねぇから、何年でも待ってるから…」「へぇ、お待ち」「えっ、出来たの、早いねぇ。お箸はと、割ってあるねぇ。いいんだよ、割る手間が省けて。おい、この箸の先に葱が付いてるよ。先の客が使って洗ってねえんだろ。何、あなたが今夜の口開けで…。それじゃ、夕べの客かい。違う、この商売始めてから洗ったことがありません。よく保健所が何も言わないね。まぁ、いいや。こうして自分の手拭いで拭いときゃいいんだから。それよりも、物は器で食わせろだ。丼、丼と、これが丼かい。割れて尖ってるよ。いいんだよ、向うへ回せば、また尖ってるね。ノコギリの歯だね。まぁ、いいや。丼を食べるわけじゃないから。それよりも蕎麦、蕎麦。太いねぇ。この蕎麦は、何、前の商売がうどん屋でした。いいんだよ、今日は腹減ってるから食いでがあって。それよりも出汁だけど、ノコギリの歯で飲めねぇから、いいや、もう。そうそう、さっきから竹輪を探してんだけど、入ってんのかい。入ってる。あった、あった。それにしてもよくここまで薄く切れたもんだ。どこのスライサー使ってんの。もう、いいや。いくらだい」「へぇ、十六文で」「銭がこまけぇんだ。手ぇ、出しな」「へぇ」「ひぃ、ふぅ、みぃ、よつ、いつ、むぅ、なな、やぁ、…いま、何刻だい」「へぇ、四つで」「いつ、むぅ、なな、やぁ」四文、損をしてしまいましたとさ。

2008.10.20


38年間、お付き合いしている長野市戸隠の森の喫茶店です。


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