「美味しさ」について書きはじめると、云いたい事がたくさんあってきりがない。「味作り」が毎回同じ「味」にならないように「食べる側」もその都度少しの事でも「美味しさ」の感じ方が変わるのである。
食卓を囲んで食べている時、メンバーの一人が「あーもうお腹いっぱいだ」「ストップ、ストップ」と大きな声で云われると、そこに居合わせた人達がなんとなく「もうお腹いっぱいになりました」というような気分になってしまう。「味つけ」についても必ず一言云う人がいる。自分の好みというものがあるので、その人にとっては「塩」がきついのかもしれない。一口食べて「いやー塩分多いよ、この料理」と批判家ごときお言葉に、こちらはまだ食べていないのに「塩がきつい」のイメージが頭の中をかけめぐる。「そうかなー自分にはちょうどよい味つけなんだが…」と云おうものなら「いや塩分が強い。これじゃあ塩分とりすぎ、病気になっちゃうぜ」とこちらが「味オンチ」のような云われ方をする。美味しいはずの料理を前に沈んだ気持ちになってしまうことがよくある。「味づくり」のプロがそのような経験をするのであるから、一般
の人たちの食事の席ではこの余計な一言は「ぜったい」に云ってもらいたくない言葉である。食卓のマナーとして、ぜひ、守ってもらいたいものであるがこの人には通
じないようで、相変わらず「まずい」「塩がきつい」「うすい」「味が無い」を連発するのである。
フランスで食事をしているとその店の主人、又は支配人が「いかがですか、お味の方は」と客席をまわりながら「アイサツ」に来る。客は「美味しいよ。すばらしい味つけです」「満足です」…というような、その料理を誉めたたえる言葉を並べて答えるのである。フランス語には実にこの種の賛辞語が多いことに気がつくし、云われた方にとっては気分がよいし、そのテーブルの人全員が同じ気持ちで相づちを打ってくれる。気がつくとほとんどの席でこの同じような光景が見られるのである。
食卓のルールのようなこの言葉にも、日本語に訳せば「悪くないですよ」という「パ・マル」という言葉がある。この「悪くないですよ」という言葉を聞いた店の主人や支配人は調理場に血相を変えて飛び込んで来ると「誰だ、あのテーブルの料理を作った奴は!」それが肉や魚やデザートだとそれぞれの係りがいるので、その者をどなりつけているのである。「悪くないですよ」は実は「悪いです…美味しくない、満足ではない」ということなのである。フランス人は食事に対してここまで気を遣うのである。
日本ではどうだろう。せめて「美味しい」時は食べ終わった皿を片付ける人に「美味しかったです」の一言をぜひかけてくれると、食卓がさらに楽しいステージになること間違いなしである。ちなみに「まずい」時は「黙っている」、「皿に残しておく」が一番である。料理人はこの残される事がものすごく気になり、反省する事に結びつくのである。
|