「ちりとてちん」?
実は落語の演目です。三味線の音色から取られた“微妙な”食材(?)「ちりとてちん」。
噺家の目から見た“食”の話題を取り上げてもらいます。さて、どんな話が飛び出すのやら・・・

 

「おしまれつつ……閉店の京都のサロン」

 清八でございます。
 9月22日、京都市中京区丸太町御幸町下ル毘沙門557-1の「吉田屋料理店」さんが閉店されました。2000年9月11日開店ですから18年間の営業でした。私は、2006年4月24日に主婦と生活社から出版された「京都 吉田屋料理店」(画像①)税別1,300円を新刊で購入しました。多分、出張先の静岡市内で見つけました。さすがに、2006年当時の浜松市内の書店には料理書は充実しておらず、しかもスーツ姿で料理書コーナーに1時間も立っていることはできませんでした。この本で、この店の存在と吉田さんの料理を知り、興味を抱くようになり、その年の12月から2015年まで四回通うことができました。うちの奥様が短大時代を京都で生活しており、まだGoogleMapのない時代に、探して連れて行ってくれました。それぞれの体験内容は、この「ちりとてちん」のその62、その101、その132、その138で紹介してありますので、ご興味がありましたらバックナンバーを読んでみて下さい。

 吉田屋料理店さんをご存じで無かった方のために、簡単にご説明しますね。オーナーシェフの吉田裕子さんは、京都生まれの京都育ち、京都市立芸術大学大学院美術科修了後、ジュエリーデザイナーへなられたのですが、在学時に学園祭の模擬店での腕前が話題となり、学生コンパ、学会の打ち上げ、大学関係者の賄いなど依頼されるようになって、ケータリングを生業とするようになりました。いろいろなパーティ会場やお屋敷に出入りする内にご自身でお店を持ちたくなり、イタリアン、スペイン、中国、インドネシア、ベトナム、中近東などの料理をそれぞれのお店で働きながら勉強します。ワインショップでもバイトされワインを勉強されたようです。もともと、祖母から京都のおばんざいを小学生の頃から習っていたため、出汁はとれるわ、薄口醤油・味醂は使えるわ、煮物はできるわ。このお店をオープン当初から京都のおばんざいと多国籍料理となっていたようです。

 今となっては食することはできないのですが、私が実際に味わわせていたただいたのは「ラフランスとブルーチーズのサラダ」「タコのカルパッチョ」「近江かぶのピクルス」「すぐきじゃこ飯」「塩バラ肉の塩漬けソテー」「穴子のフリット生春巻き仕立て」「キムチオムレツ」「アンチョビと黒オリーブのピザ」「山菜のフリット」「れんこん餅と海老の春巻き焼き」「きのこのチヂミ」「鹿肉の竜田揚げ」「ラクサヌードル」「チーズのせサラダ」「高菜と干し大根の玉子焼き」「シュガートマトとオレンジのサラダ」「もずくのチヂミ」「菜の花とタコの炒め物」「九条ネギのチヂミ」「大きなしめじの炒め物」「ピータンと塩豚のお粥」などなど…。どうでしょうか、イメージされたでしょうか。これらのお料理は、拙宅で、昨年まで開催していた「わいわいワイン会」の肴として参考にさせていただいてきました。

 しかも店内は京の古い町屋で、ちゃぶ台にお座布団席がメインで、お座布団が駄目な方用にカウンター席がありました。一見さんお断りが多い京都市内で電話またはメール予約で可能でした。日曜・月曜休みで18時から24時営業のため、学会のパーティ二次会とかイベント・コンサートの打ち上げに活用され、様々な芸術家、学者、ミュージシャンたちがリピーターとなっておりました。ご常連は、エッセイスト・入江敦彦さん、NHKディレクター・上野智男さん、音楽家・大友良英さん、ミュージシャン・菊池成孔さん、法然院・梶田真章さん、写真家・田村尚子さん、俳優・中村達也さん、作詞家・松本隆さん、フリーライター・高橋マキさん、……正にジャンル・国境を越えた京都のサロンでした。

 2007年4月から2011年3月までは、NHK京都制作の「旬で彩る京の味」に料理講師として出演されていましたので、ご覧になった方も多かったのではないでしょうか。「DRESS」2015年1月号(画像②)の206~207頁「湯山玲子のオヤジョに太鼓判」(画像③)にインタビュー記事が掲載されていました。その記事によると、吉田裕子さんは、20歳で美大に入学、25歳で料理修業開始、31歳で吉田屋料理店をオープン、40歳で遠距離恋愛の上14歳年上のパートナーと結婚、45歳で将来は自宅オーベルジュ化を目標とする。と、ありました。そして50歳で卒店、ご自身で人生設計・目標をたてられ、そのとおりに進まれているとのことです。プライドと信念をしっかりと持たれて、本当に賢い方ですが、かわいらしい京女のお一人です。

 もういろいろな所でオープンになりつつあるので、書かせていただきますが、パートナーは東京人の建築デザイナーさんですが、京都と東京を往復しながらの恋愛はドラマになるようなシーンの連続だったようです。また、仕事上は夫婦別姓、結婚当初は週末婚状態だったようです。東男と京女のカップルは、毎年、定期的にまとまった休日をとられ、台湾、香港、フランス、イタリア、などを食べ呑み歩かれ、お店のメニューに追加していったようです。この9月閉店のお知らせは今年のお正月に知らされていたのですが、父の入院・死去・葬儀そして百か日の法事が9月29日であったため、最後の訪問は断念しております。

 閉店後、10月になってから、まだ継続されているのだろうかと、ホームページを開いたら「2018年9月22日、営業を終了致しました」の文字が…。ところが、ブログの「吉田屋通信」は継続中の様子、ご常連の方たちが「吉田屋とわたしたち制作実行委員会」を立ち上げ、卒店を記念して113名からの寄稿文を電子bookとして制作・発行されたことを知りました。実は、2010年9月11日に10周年記念として「吉田屋とヒント」(画像④)という電子bookを制作・発行されていて、私はペーパー化して購入していました。この年の12月の二度目の訪問をした際、ご本人にサインしていただけました。(画像⑤)今回もペーパー化して取り寄せました。11月10日に届いた「吉田屋とわたしたち」(画像⑥)です。編集長は、高橋マキさんでした。私は、この「ちりとてちん」の中で、5本目の「吉田屋料理店」「吉田裕子さん」の紹介文で寄稿の真似事とさせていただきます。

 単なる県外からのお客でしたが、飲食店とは、サービス業とは、おもてなしとは…、いろいろ勉強させていただいたサロン、空間でした。

 本当に18年間、お疲れさんでした。ありがとさんでした。また、オープンされたオーベルジュに行きたいと切に願っておりますわ。

 

画像① 画像② 画像③
     
画像④ 画像⑤ 画像⑥

 

吉田屋通信
http://www.kyoto-yoshidaya.jp/blog/

 

2018.11.21 清八



37年間、お付き合いしている長野市戸隠の森の喫茶店です。


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