イタリアで生活していた時にはこういったシンプルな野菜料理が普通に身近にあって、素直に美味しくいただいていました。
ただ血気盛んな修業時代のこと、こうした素朴な料理はいつでの出来ると、思いっきり勘違いしていました。
気付いたのは帰国してから。もうそこで気付いても遅いですよね。
いつも自分の戒めとして心に留めている言葉があって、その時は(何度か似たような言葉をイタリア人の仲間やレストランのオーナーから言われました)何気なく聞いていたのですが、自分で料理を考えるようになってから何度も何度もその意味の深さに気付かされました。
その言葉は概してこんな感じでした。『こんな郊外のレストランになぜお客様が来るかhiroわかるか?・・・この土地で採れる季節の食材(ぱっと見代り映えがしないように見えていたとしても)をこの土地の伝統的な調理法を施して提供しているからなんだよ』って。いってみればここに来なければ食べれない料理を提供している彼らの自負であり故郷の味を守るプライド!だったんでしょう。
当時野菜料理って当たり前すぎてその素朴な美味しさ、シンプルにその土地の調理法を施した素直な美味しさの本当の価値に気付くにはまだまだ自分は経験がなかったんです。
今では、思ったようにこんな形にできるようになりましたが、苦節何年でしょう?でもそれよりも、こうした野菜をこの土地の顔の見える農家さんが作ってくださっていることに感謝です。ちゃんと地に足のついた本当に美味しい野菜たちに背中を推されているようです。
ちなみに、今日のランチの残りを賄いでいただきました。元気が出ます。”あなたは、あなたの食べたものでできている”
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