2020.02.27
驢馬しか出ません!

2020.02.21
映画大好き

いつの頃からか?映画は傍にありました。小学生くらいの記憶はあんまりないのですが、高校生の頃はほんとしょっちゅう、頻繁に映画館に行っていました。

確か地元半田の映画館はロードショーとかはなく、2本立て、3本立てとちょっと都会の封切館の公開からずれて公開される分抱き合わせで公開されていました。昔はどこもそんなんだったんじゃあないでしょうか?

気に入った映画が来ると、朝一番から夜最終まで、当時入れ替え制ではなかったので、一日中どっぷりと映画館に自ら缶詰になって映画漬けのひと時を満喫しました。今思うとモヤモヤしたはけ口のない思春期ならではの割り切れなさや将来の不安なんか?を映画に自己投影して発散していたのかもしれません。

高校時代一番印象に残った映画は”ワンス・アポンア・タイム・イン・アメリカ”で確か3時間くらいの映画だったと思いますが、2回半くらい(入館時放映途中だったので0.5+1+1)さすがに二本立てではなかったと思いますが、夜映画館を出た時にはもうさすがにお腹いっぱいに観た感で充実していたことを覚えています。

その後大阪の調理師学校時代も友達も特にいなかったので、神戸に行くか奈良に行くか難波や梅田の地下街をふらふらとするくらいしか当時の自分には思いつくことがなく(ただ当時、勿論震災前ですが、神戸の中華街や三宮とかよくふらついていました。電車賃だけなら往復1000円くらいでどこでも行けましたから。特に印象深いのは、神戸の異人館のある一帯の北野なんかは、さすがにインドの方のターバンやサリーを普通にした人たちが結構いたりして半田から出てきた二十歳前の自分なんかは同じ日本なのに、この異国情緒感にほんと吃驚したことを覚えています)確か難波だったと思いますが、名画座の様な映画館があって、古い名画をよくそこで観ました。”フィールド・オブ・ドリームス””卒業””黄昏”とか。あと何観たでしょうか?実家にしばらくその当時買ったパンフレットいっぱいありましたから。

その後ローマに渡り、全くイタリア語が分からない頃から頻繁に映画館には行き続けました。それは映画で普通の会話劇を見ることによって少しでも生きたイタリア語を吸収しようと思ってで、だだ初めの頃は、分っていなくて、なんでも映画なら行けると思ってシリアスな映画の上映館に入ってしまい2時間たっぷりと状況の変化がなく勿論イタリア語も全く理解できずで辛い時間を何度か過ごしました。その後はさすがに学習して、ハリウッド映画、シュワルツェネッガーやシルベスター・スタローンなどのアクションものを中心に、言葉が分からなくても映像だけで楽しめるものを選ぶようになりました。イタリア時代もほんと映画館には行きましたね。

当時イタリア映画の印象は、B級ラブコメ。と言いますかドタバタ映画の印象しかなく、そんなの街歩いてれば道端でやってるじゃん。と言う印象で、わざわざ時間をつかって研修生の身で当時8000リラ(約1000円)とはいえムダ金に思ってしまうような映画はいかなくっていい。って思っていたので、イタリア映画は完全に避けていました。

で。今思えば印象に残る映画との出会いはローマ最後の時期で、その後数か月後には帰国するという時期でした。長年お世話になった大好きなローマ。お金がないこともありましたが歩いて町を散策することが大好きでした。そのローマで過ごした4年半、思い出の町の路地路地を歩いて体に沁み込ませようと、時間があると”スペイン広場”や”ポポロ広場””トレヴィの泉”などの当時生活圏周辺はもちろんのこと、はたまた遊び場だったエリアのローマの下町”トラステヴェレ”や”コロッセオ“”ナボナ広場””ヴァチカン広場”などを歩いて巡っていました。

そんな中でも家具職人や額屋さんなどの工房が軒を連ねた職人街を通り抜けたところにある”カンポ・ディ・フィオーリ広場”の片隅で見た”ニュー・シネマ・パラディーゾ”は衝撃を受けました。その頃かなりロングランをしていて、今はどうか分かりませんが、映画館に掲げてある大きなポスターや、町のあちこちでも目にする告知の看板やポスターを見てはいはたので覚えてはいたのですが、先ほども書いた《イタリア映画》っていうところで二の足を踏んでいました。その時ほんとぽっかりと時間が空いてしまって、トラットリアに行くまでのお金も持っていないし、時間は3時間くらいフラスカティまで戻る間には間があるし。でもそれが今思うとほんと良かったんです。ちょうどその”カンポ・ディ・フィオーリ広場”にあった映画館がこの映画に出てくるパラディーゾ映画館のどことなく似ていて、その館内であの映画を観てしまったのですから、そりゃあ出来過ぎです。あの衝撃は一生忘れないでしょうね。

その後、ローマを離れロンバルディア州マレオ村では、勿論トウモロコシ畑の真ん中にある人口2000人ほどの小さな村なので、生活するうえで必要なお店も限られていました。バールが4軒ほどと、COOP(スーパー)一軒、かろうじて銀行と郵便局はありましたが、あと細々と小さな商店が数軒と言う村なので、娯楽は一切なし。ただ印象的だったのは、ある時村を歩いていると、おじいちゃんに声をかけられて『お前はペキネーゼ《北京から来たのか(中国人と言い換えてもいいような意味合いで使われていました)/イタリア人は極東のアジア人はほぼ中国人か日本人と思っているため》か?』『いや違う。日本人だ』『じゃあ。KUROSAWAを知ってるか?』『知らない』『お前は日本人なのにKUROSAWAも知らないのか。じゃあ7samuraiを知ってるか?』『7samurai?セッテ=七、samurai=サムライ。・・・七人の侍・・・あ!知ってるよ』『じゃあ。観たのか?』『観たことはない』と言うやり取りをしたことがありました。日本に帰国し時何より一番にDVD借りて来て観ました。

もう一つは”ローマの休日”も観たことがなかったので、これも帰国後すぐに見て吃驚しました。映画内でアメリカ人の新聞記者ジュー・ブラドリー(グレゴリー・ペック)の下宿先のアパルトメントのあった場所(王女役のオードリーヘップバーンが酔っ払って担ぎ込まれた部屋)が毎日通勤に使っていたVIA MARGUTTA(マルグッタ通り)の設定でした。ここは静かな佇まいの小道で、ここも数件の骨董屋が軒を連ねていて、ひっそりとした職人街の通りの雰囲気が大好きで、遠回りして通勤していた裏路地がそんな有名な設定のロケ地だったとは思いもよりませんでした。

その後東京で修業時代を過ごすのですが、今思うと何となくわかるのですが、一回も映画館で映画観ていないと思います。たぶんですが、大阪は当時これもびっくりしたのですが、南海球場のあった辺りとかバカボンのパパの様に腹巻のまま雪駄つっかけてそぞろ歩いているおっちゃんがごろごろいましたし、絵にかいたようなチンピラ風の兄ちゃん、ホントじゃりン子ちえの漫画を地で行く世界が広がっていました。三宮から1時間足らずの距離にまた真逆のカルチャーショックを自分に与えてくれた世界が広がっていました。いまだに関西はちょっと苦手なのですが、その部分だけで言うと人間らしさが東京と大阪だと自分には大阪だったようで、東京時代は休日になると郊外に逃げるようにして出かけていました。今思うと東京時代はまた違った部分でもがいていたんでしょう。その分レンタルのDVDは毎週のように自宅で観て過ごしていました。

その後、修行を終えて豊橋でお店をオープンしてからと言うもの、がむしゃらに走り続けて来て、子供もその間に3姉妹。間隔があいた分よく言えば長い間育児にかかわることが出来ましたし(もちろん平日はジジババに観てもらっている分休日だけですがちゃんと関わろうとしてきたつもりです)その分長い間自分たちの時間はほぼありませんでした。勿論それは当たり前のことですが、なので映画館は子供たちもそれぞれ成長したので、今でこそみんなで行くようになりましたが、もっぱらDVDを借りて来て観るようになったのもつい最近ですし、読書を再開したのもそんなに前ではありません。

読書と言えば、しばらく前から気に入っているのは原作のある映画で、映画が先か本が先かはタイミングによりますが、やっぱりいい本は確率としていい映画になりやすいような気がします。自分はそんなに本の世界観とクロスオーバーさせないタイプのようで、別物だと思えようです。その中だと”八月の蝉””クライマーズハイ””亡国のイージス””カフーを待ちわびて””四日間の奇跡”最近だと”64(ロクヨン)かな。で一つ大好きな映画ショーンコネリー主演”薔薇の名前”ですが、イタリアの記号学者ウンベルト・エコー著の原作が読めずにてこずったまま25年くらいたっています。難しい本で有名で解読書が出るくらいの本で、自分もそんなに四つに向き合って読書する時間もなく、いつもはさらっと読めるものを好む傾向があるからか?あと自分には歯がまだ立たないのかも。いつか読破して映像世界と違った”薔薇の名前”と体感してみたいと思っています。

で。長々と書いてきましたが、最近のお気に入りは”ライオン”と言う映画でした。何かで見聞きしていて気になっていたのですが、しばらく前から娘がインターネットの映画のコンテンツに加盟してくれていて、今まで以上に気楽に映画にアクセスしやすくなりました。ただ、行きつけのTUTAYAの定員さんがとってもDVDを探すのが早くって、自分で店内で探すより(探しながらいろんな映画に出会えるので探すのは好きですが)ほとんど店内のDVDは把握しているスタッフが居て、この間から急激に仲良くなってきていたさなかに、自宅でのインターネット配信映画が繋がってしまったので、しばらく御無沙汰なのはちょっと心が痛みます。で、その映画”ライオン”ストーリーやネタバレは書きませんが、前評判でストーリーは何となく分かっていましたが、分かっていてこの感動!ってなかなかないです。ほんと脚本がよくて(実話をもとに)役者さんも自然な演技だからなのでしょうか。最近見た映画の中では秀逸でした。

ちなみに、去年のお気に入りは”湯を沸かすほど熱い愛”は何回見たでしょうか?と”64ロクヨン”さっきもでましたが。あとやっぱり”ボヘミアンラプソディー”ですね。

ちなみに今観ているのは”七人の侍”先日BSで放映された映像で、3時間と長いので、帰って晩酌しながら数日に分けてみる予定です。ほんといい映画って何度観ても飽きません。

 

《備考として、それ以外に大好きな映画たち》

・大脱走

・地獄の黙示録

・ゴッド・ファーザーPartⅠ Ⅱ

・バベットの晩餐会

・ラストエンペラー

・ピアノレッスン

・バクダッド・カフェ

・羊たちの沈黙

・戦場のメリークリスマス

・プラトーン

・ショーシャンクの空に

・グリーン・マイル

・スワロー・テイル

・ウォーター・ボーイズ

・フラガール

・頑張っていきまっしょい

・道(ラ・ストラーダ)


2020.02.16
セブンルール

毎週楽しみにしている番組が”セブンルール”です。予約(娘たちがランダムにいつも何かかしらを予約録画しているので、おとうさんとしてはそこに割り込めない事情もあります・・・)まではしませんが、それまでに帰宅出来れば観るという距離感の楽しみな番組の一つです。

今回行ったことがある静岡おでんの”おがわ”さんが取り上げられていました。やっぱりこんなメジャーな番組に知っているお店が取り上げられていて吃驚するとともに嬉しく心がウキウキしました。とは言え伺ったのは10年以上前で一度きりですが。

その当時、ある依頼を受け静岡市に打ち合わせを兼ねて何度か行くことがあり、静岡に縁のあるお客さもに紹介されたワインショップに行くたびに立ち寄っていろいろなお話を伺っていました。その時にせっかくなので静岡名物を食べるのに何がいいか。と言う話になり、そこのスタッフから静岡おでんの話になり、言ってみれば観光客向けの有名店ではなく地元の人たちに愛されている何件かの静岡おでんの名店のうちでやっぱり一軒決め打ちで行くならここでしょう。と教えて頂いたのが件の”静岡おでんおがわ”さんでした。

一度しか伺っていないので、大きなことを言えませんが、商店街の中にポツンと佇んでいる店構えに始めてなのに懐かしさを覚えたのを今回映像で久しぶりに拝見して思い出しました。もうここらではほとんど目にすることのなくなった駄菓子屋のような佇まい。暖簾をくぐると(暖簾あったかな?)店内は結構な賑わいで老若男女子供から大人老夫婦、うちらみたいな家族ずれなどなど、皆楽しそうにおでんの皿をほおばっている光景に”間違いないお店”と言う直観がすぐ実感に代わりました。ただ残念だったのが自分はドライバーだったので、静岡茶割りのチューハイを筆頭にもちろんビール。大人の飲み物がずらりと有名人のサインの色紙の合間にポップで告知されているのはちょっと辛く感じたのを思い出します。こういったお店がつっかけをひっかけて歩いて行ける距離にあったら幸せが一つ多くカウントできる気がします。

 

その時の来店がきっかけで、自分でもお店の賄で静岡おでんを何度か作っていたのを思い出しました。あの牛筋の風味の利いたおだしから引き揚げた静岡ならではの練り物やおじゃがや糸コン、大好きなタマゴ。勿論牛筋などなどに静岡おでんならではの出し粉と青のりを混ぜたものを振りかけて食べる食べ方がなぜかうきうきして美味しくて。そういえばそれ以来賄いでも暫くご無沙汰していました。

 

で、この番組を見ていて思うことがありました。創業70年と言うことで、でこの番組の取り上げられていた女性も、子供の頃お母さんを自分から取り上げられているように感じさせていた『おばあちゃん。そしておでんが大嫌いだった。おでんのだしを何度も捨てようと思った』と語っていたのは印象的でした。それが今では365日休みなくおだしの火入れをして守り続けていることです。当たり前のことを淡々と繰り返すこと。ってできそうで出来ないことなんです。

それって今自分の身近なところにもその真逆なこと、現実がつい最近ありました。100年続いた老舗のうどん屋さんが何の前触れもなく突然暖簾を下ろしました。そこのおかみさんと三味線つながりで時々お家事情を伺っていましたが、はたからよく見えているようでも実情はいろいろなことがあるんだなあ。って思っていましたが。まさかあのお店が突然暖簾を下ろすなんて、町のある意味フラッグっショップでもありましたし、いつも行列が絶えない街の愛されているうどん屋さんを地で行っていましたから。

老舗は老舗なり、ご苦労もあったのでしょう。暖簾を受け継ぐってやっぱり並大抵のことではないと思います。自分なんか一代ですが、いまだに必死ですもん。

始めたころは自分も30代前半で、若さも体力気力充実で、夢や希望、こんなことやったら。であるとかいろんなイメージに挑戦したりチャレンジしてきました。それって今思うと粗削りなのでしょうが、お店の新陳代謝の中でお客様に訴える何らかのセンテンスになっていたのでしょう。それにうちも22年もすると、一般的には古くなった。と思う空気ももちろんあるでしょう。これまでコツコツと紡いできた実績や、失敗から得た改善もかすんで見える部分もあると思います。近年若手の台頭もあります。お客様は新しいお店に行ってみよう。って普通なります。それって当然の欲求だと思います。ただ自分たちは若くもないし、新しくもない。そこをネガティブにとらえず、お店の中にいつもいい空気を充填することは若い子たちより経験値のある自分たちのが少しは分があると思ってやっていくしかないと思っています。ある意味愛知県でも老舗に分類される領域になってきているイタリア料理店としては考えていくことだと思っています。

件の静岡おでん”おがわ”さん。代替わりをしながら彼女のバイタリティーを充填し続けているように見受けられました。他人事ながらとても嬉しいことです。以前聞いた話で会社の廃業の上位にあるのは長年続いてきた老舗の会社の廃業が上位だと言うことでした。その理由は、長年これでやってきたからとか。うちはこれで売ってきたという,慣習がかえって時代に合わない事がかえってその企業を窮地に追い込む。と言うことでした。そのことは自分も普段から考え続けています。

花瓶をこちらから見ているのと向こう側から見ているのでは景色、見え方が違うように、同じことを反対側の目線で語っている友人がいます。予備校講師(トップ講師)の友人が以前言っていたことが印象に残っています。『時代・ブームに乗っかるって言うことは、時代の流れに乗っかった瞬間からどんどん流されていくことになるのであっという間に過去になっていく。だから時代の流れには乗らないようにする』

どうやってブームに乗らず、古びずに自分を持ち続けるか。長く営んでいると目減りしながら流されていくの中で自分の根っこを持ち続けて立ち続けている姿”おがわ”さんの跡取り娘さん。当たり前のことを当たり前に続けていく老舗の凄みの一端を垣間見させていただきました。

 

 

 


2020.02.13
今日の仕入れ

久しぶりに甘鯛が入荷。

冬トリュフ。もうシーズンも終盤です。


2020.02.12

“そら豆と紋甲イカ、ルッコラのサラダ”

“鮃とプンタレッラのマリネ・ローマ風”

“イカ墨のクロスティーニ”


2020.02.08
肉の冷蔵庫

フランス・シストロン産仔羊とイタリア産驢馬が入荷しました。

アカエイ

今日の賄は,ヴォンゴレ・ロッソとコテッキーノとキャベツの各スパゲッティ。

 

 

今日各地からどんと届いたので肉の冷蔵庫が一気にパンパン状態に。

イタリア産驢馬骨付きサーロイン、甲斐路軍鶏、短角牛サーロイン・肩ロース、シストロン産仔羊カレ・セル、フランス産仔牛骨付きロース、フランス産ホロホロ鳥です。

自分は今はやりの熟成肉は使いませんが、持論は美味しい肉は流通したそのままで美味しい!で。そんなイタリア・フランス料理に適した家禽類や四つ足の家畜各食肉が数多く流通されています。それこそ修業を始めた30年ほど前の東京では、いや東京でさえそれほど選べるほどの食肉の情報、流通ルート、インポートされている商品のバリエーション、そもそもそんな専門のインポーターの数もありませんでした。それこそ銀座アピシウス(フランス料理)の実業家のオーナーはアピシウスで使うためだけの為に北海道に牧場を作り仔羊を肥育したって言う話を何かで読んだことがあります。30年ほど前の話です。

現在では料理人上がりの営業マンとか輸入責任者とか増えてきたこともあって本当に専門的な食材が入ってくる時代になりました。どのジャンルも同じでしょうが、自分に合った商品を取捨選択する力量が求められる時代になっています。

うちは肉も魚もほとんど焼きっぱに近い手法をとっているので、ソースを作るコストと手間代がかからないので純粋に魚なら魚、肉なら肉に投下できます。それに主力のお客様たちは、良い食材をシンプルに調理してほしい。と言った方が主流なので必然的にそういった仕入れになります。

勿論今日昨日でこういったアイテムを揃えれるようになったわけではありません。市場も開拓されてきましたが、うちもこつこつとお客様に好まれる食材であり、調理法をそれなりに切磋琢磨してちょっとづつ本当に自分が使い、その味を知っていただきたい食材にグレードアップして行き今日に至っています。勿論どれも言ってみれば特選品なのでそれなりのポーションで焼けばそれなりの金額になります。そういったことをこんな地方都市でそれなりに継続して何とか買い続けられているのはうちの営業努力ばかりではなく、それらの各バリエーションの肉や魚を食べて頂けているってことです。これはやっていても実感としてすごいことだといつも思っています。ある時言われたことがありますが、『お客として継続して来店し続けると言うことはその店の存続を願ってのことだよ』と。ほんと。何組かの近しいお客様からはそんな思いをひしひしと感じれる幸せな関係性を築けています。この冷蔵庫の中身は、その信頼の証って言うことになります。一回だけならお金で買い集めることは可能でしょう。それを継続し続けるって根性いるんです。ありがたいことです。


2020.02.06
賄い”冷や麦”

子供のころ“冷や麦”って苦手な食べ物でした。おぼろげな記憶ですが、たぶん小学校低学年ころの話。季節は夏。夏休みのお昼ご飯に普段料理をしない親父が、何を思ったか突然料理をしだして作ってくれるのが葱とかしわの(鶏肉)のつけ汁で食べる冷や麦、今風?で言うとつけ汁風冷や麦でした。

親父、男の料理?普段してないからか性格なのか分かりませんが、いつも人数に関係なく冷や麦二袋をどっかと熱湯を沸かした鍋の中に投入し、笊にあけ流し水で冷やします。如何せん量が量なのと、僕ら兄弟と親父の3人で小さな笊てんこ盛り一杯です。

冷や麦もお汁も美味しくないわけではありませんでしたが、そこはまだ小さかったころで、そんなに一気に掻っ込むわけではありません。どんどん冷や麦はくっついて大きめのソフト麺みたいな状態になっていきます。箸で取ろうにも団子になってぼそぼそとしてきます。葱とかしわの生姜風味のお汁も美味しくないわけではありません。言ってみれば美味しいお汁でしたが、そこに団子になった冷や麦を投入していくのでしゃばしゃばの味にすぐなっていきました。子供のころから割とはっきりした味が好きだった自分としては、食べれば食べるほど薄まっていくお汁がちょっと許せませんでした。とは言えせっかく作ってくれているので言えるかけではありませんでした。

今でもラーメンのつけ麺は食べたことまありませんし、博多ラーメンとかの替え玉もお汁が覚めたところに替え玉を投入するのが自分にはちょっと違うように感じていたり、替え玉を注文して待っているその1~2分でなんとなくお腹が張ってくるような感覚になってしまう感じもあるかも。それに大盛のラーメンもなんか丼とスープと麺のバランスが崩れる様な気がしてラーメンの大盛も頼みません。ラーメンはあのラーメン丼の中でスープと麺のバランス、チャーシューやネギ、メンマ、煮卵などの具のすべてが丼の中で完結している美しさ、美味しさがすべてだと思っているので、もしかするとその頃の経験が今に至っているのかもしれません。

大人になってから、子供をもってからになりますが、この賄を食べながら由貴さんとも話したのですが、彼女も子供の頃、やっぱり夏休みに冷や麦を麺つゆでひたすら食べる。って経験を何度かしていて、あんまりいい思い出ではない。と同意見でした。今だから親の気持ちになって思うと、うちではばばが子供たちのおさんどんを担ってくれているのですが、夏休みになると『今日は、お昼は孫たちになに作ろかね?』って言うセリフを出かけ際に毎日のように耳にします。3食×45日の夏休み期間中の食事の準備って今親になって思うと大変だろうって十分理解できます。

でもそこは子ども、由貴さんも言ってましたが『子供の頃って薬味の葱や生姜ってそんなに美味しいと思わなかったし・・・』実際そんなですよね。それに今自分たちでもそうですが、暑い日が続くと、何かさっぱりしたものでも食べよう。ってなりますが、その頃って食べ盛りだから、“さっぱり”じゃなくていい時期じゃあないですか!それこそ【きときとのナポリタン】や【豚カツ・味噌カツ】だって全然平気な食べ盛りの時期に、いくら真夏だからってさっぱりした冷や麦ってそうしょっゆう・・・。ってなるわけです。

 

とは言え、この頃。親父も鬼籍に入って8年して、ふっと思い出すことがあります。そんないい関係ではなかったのですが、子供の頃の親と子の楽しかった思い出ってこの年になると、何かのきっかけで思い出す親子で過ごした何気ない風景。セピア色になってしまいましたが、ふっと懐かしく思い出すことがあります。そんな一コマに登場するこのつけ汁冷や麦です。今日何となく思い出し、衝動的に食べたくなりました。

 

今日、何年振りかに作ったのですが今では美味しく食べれるようになりました。勿論ダマにならない量で作ってはいますが・・・。

 

追伸。二日連続でつけ汁冷や麦これを書いている今日も作って食べました。


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