2020.10.29
生ハムの思い出

もう10年以上前になりますか、日本にどんどん品質の良いプロシュットが入ってくるようになっていたころ、ランチには”生ハムと露地野菜のマリネ”と言うメニューがその当時の定番としてありました。

ただとても良い生ハムだったので、そうして提供することが悪いわけではないのですがもう少しストレートに出せないものかとうだうだと悩んでいた時期がありました。・・・イタリア料理店を長年営んでいて時折思うことがあるんですが、もちろんすべてではないですし、ここは日本だ!って言うことも重々理解していることですが、こうやってはイタリア人は食べないって言うことがあったとしても、その方がオーダーされやすかったり、喜ばれたりって言うことだとそっち側に舵を切る場合があります。ただそれが長く続くとどうしても違和感やストレスにつながります。ただイタリアはこうだ!って、我を通してほとんど出ないって言うのもどうかと思う冷めた頭ももちろん持っていて、どこで折り合いをつけるかっていつも考え所です。そこでいつも揺れています。

そうこうしている時、イタリアに行く機会がありました。お世話になっていたローマの藪本ファミリーのご招待を受け、当時の仲間(ローマ在住の先輩達)にもお声がけしていただきローマの老舗レストランの一軒 RISTORANTE NINOでの食事会を催していただきました。そこで一番印象に残ったことが生ハム”プロシュット”でした。10人からなるローマ在住の日本人がそろってプロシュットを注文しました。久しぶりのイタリア(ローマ)で、なんでまた住んでいて何時でも食べれそうな料理をなんでまた注文したんだろうと、当時日本でのプロシュットの蟠りがあったこともあって愚問ながら尋ねました。「このお店のプロシュットはどこのAlimentari(食料品店)で買うより美味しいものを提供しているのがこのお店だから」と言う話を聞き、なんか一気に雲が晴れる思いがしましたし、NINOで提供されているプロシュットはお皿一杯に生ハムだけが盛られている潔さ。やっぱりこれでいいんだ。と。それから生ハムだけで提供することに迷いはなくなりました。

 

 

 

 

 

だだこの頃思うことは、23年もそれなりに貫いて(もう若くないのでだいぶ丸くなりましたが)、だだ今思うに何料理もですが、その国や、地方、勿論日本だって全く地域ごとに様々な料理がありその土地に根差しています。それをぱっと理解なんてできないでしょう。30年イタリア料理に四つに組んでいますが、いまだに分からないことだらけ。

 

 

Insalata mista

言ってみればミックスサラダ。しっかりした野菜たちだからこその味付けで。

上質なオリーブオイルと塩、白ワインヴィネガーとレモンで清涼感がありながら切れのある、食べ応えのあるローマのスタイルのサラダに。


真鱈の白子

Tagliatelle ai gamberi e carciofi

大好きな組み合わせのパスタ、カルチョフィと海老のタリアッテッレ。

この時期の定番、真鱈の白子のムニエル・ローズマリー風味


今日の賄

毎日ではないにしても日々仕入れている鯛、鮃、鰆、ホウカイ、甘鯛、アラやハタなど超のつく高級魚。下ろした身はもちろん営業に。頭やカマそれに骨は、それだけで食べ応えがある賄になります。それもタイミングによっては食べきれないほど。贅沢な話です。

量が多い日は食べきるために野菜は添えません。塩焼きにしてシンプルに頂きます。

今日はアラのアラだけだったので野菜やキノコをたっぷりと入れた団子汁風鍋にしてみました。

日々の慌ただしいランチ後にパパっと栄養を摂れるように日々考えてはいますが、なかなか毎日理想の賄と言うわけにはいかない現実は否めません。今日はなかなか満足のいく感じ!


2020.10.18
Fagiano al genzano

 

今日はジビエがよく出ます。

山鶉に雉。

『一番好きなことは仕事にせず、二番目を仕事にする。』ってよくこの頃聞きますが、自分たちのころはそんな時代ではなく、もう少し手前の感じ。

当時の時代感は、みんなが一緒に乗ったエスカレーターがずんずん流れていく。もちろん学生時代から将来の目標があって率先してエスカレーター乗ってく人もいたのでしょうが、皆がそうしているからそうなんだろうな。って言う雰囲気もあったりして、皆がそうしているかもしれないけど人それぞれなのに。なんて自分はちょっとハスに見ていた感じで、分からんけど自分は何となくそっちじゃあないような気がしていました。

今から思うとそんな時代が持つ雰囲気があったように思います。なので自分は当時の田舎の感覚で言うと異端だったと思います。でも異端なら異端なりに覚悟を引き受ける覚悟や自覚は若いなりにあったつもりでした。今から35年前の昔話。

30年以上もこの仕事に携わっていれば一通りの経験はして来ました。それでも情熱を持って取り組めているのもいろいろな素敵な出会いがあったから。それは人であったり料理だったり。

今日は出会った料理の話。

この野鳥類の炭火焼きに思い入れがあるのは、偶然だったか今思うと必然だったような?GENZANOと言う村(FRASCATIから30分ほどの距離)のRISTORANTE CACCIATORA”猟師”と言うレストランで出会った野鳥や猪や鹿などジビエを暖炉でグリルや煮込みなのど山料理に仕立ててくれるレストランでした。そこで食べた薪で焼き上げた野鳥の野趣あふれるあの味はいまだに覚えています。

 

 

 

 

その時自分が感動した震えや感動をこの場所で、少しでも多くの人に伝えたいと思って毎年仕入れています。


フランス産半肥育の雉

この時期に半年分を何度かに分けて仕入れているジビエ(山鶉・山鳩・雉)ですが、考えとしては家禽類(鶏・鶉・鴨・ホロホロ鳥・兎など)がなかなかオーダーされないうちの状況を、ジビエと言う特殊性でカバーすという意味合いと、四つ足(短角牛・仔牛骨付きロース・仔羊《シストロン・北海道》)ならではの肉々しさって、分かりやすさや食べ応え、はたまた高級感、もっと言うとご自宅ではではなかなか調理できない。と言うイメージ先行のような気がします。・・・それでいいんですが。作り手としてはもっといろんな食材を使いたいし、知っていただきたいと。

そこを、いやいや。家禽類や野鳥類のジビエにしてもまた違ったアプローチで食べ応えや充実感のある食材です。四つ足と同じように普通には売ってませんから。って言う食材を、自分が得意な肉焼きの技で提供する。と言う思いで仕入れています。

何せこの屋鳥類は11月くらいまでしか出まわらなのと、こういった野鳥類は思ったほど濃い肉質ではないので、極端なことを言えば初夏くらいに炭火で焼いても違和感のない肉質なので、ま。そこまで引っ張るつもりはないにしても炭火で焼いて美味しい家禽類って日本には少ないので、晩秋から冬にかけてはこの野鳥類のジビエを好んでメニューに取り入れています。

 


2020.10.12
稲刈り

台風一過の昨日、遠山さんの田んぼの稲刈り、収穫のお手伝いに行ってきました。

本当ならば、土、日曜日で終わる予定が図らずも台風での順延でした。が、なんとか午後から作業を開始できる天候になりいざ参戦!

今年で3年目でだいぶんと慣れてきました。

やっている作業は、ハザ掛けです。

 

土に触れ、田を抜けていく山からの穏やかな秋の風に心と体が開放されてゆきます。

今ではコンバインでザ、ザザっと数時間で稲刈りから脱穀までやってしまうところを、皆で手分けしてのアナログな、でもでも無農薬でハザ掛けしたお米を食べたらやっている意味が理解できる!

初年度にびっくりしたのは、刈り取られ一束づつに束ねられた稲の束からこぼれ落ちた稲穂が一本も田んぼに落ちていないことです。よくよく皆の作業しているところを見ていると、落ちている稲穂をサッと拾って稲の束に差し込んでいました。もちろんすぐにそのように真似するようにしました。

普段から自宅と店の往復の日常の繰り返し。年に二度、春の田植えとこの秋の稲刈りで土に触れられることは今ではなくてはならない自分を取り戻す大切な時間になっています。

日もとっぷりと暮れ作業も終了です。

自宅に帰りシャワーを浴びてのビールはまた格別です。


2020.10.11
ジャケ買いならぬ装丁買い

ぼくらの時代レコードなら”ジャケ買いって”あって、そんなお小遣い無いから唯一実践したのがイーグルスの”ホテル・カリフォルニア”の一枚でした。もっぱら当時出来始めていたレンタルレコード店で気軽に”ジャケ借り”でした。借りたい本命数枚に+一枚か二枚でやっていたジャケ借りで、チャレンジ枠でやっちゃったのが”ジャケ死に”でした。

で今回久しぶりに、大型書店に。パッと目に飛び込んできたのが久しぶりに見るPOPEYE『二十歳のとき、何をしていたか?』思わず”装丁買い”でした。

・・・『何者でもなかった』by平野太呂/写真家

・・・『根拠のない自信』byムロツヨシ

・・・『はっきりしない自由の中で自分の中の答えを探していた』by能町みね子

・・・『相方への責任を果たすために、死すら頭によぎった29歳のとき、相方の一言で死にものぐるいになれた』by宮澤たけし/サンドウィッチマン

と。まだ読み始めたばかりですが、どれもビンビン響く言葉です。とは言え、自分はその大台は脱して、ちょっと俯瞰した目線でフムフム。そうそう。やぁーそんなんだったよね。なんて読んでいます。ま。ただ、物を創る仕事なのでそのヒリヒリした実感は今もって傍にある生き方をしているので、同じ。なんて言うのはおこがましいですが、ある意味同志であり共感できる人って感じで読み進めています。

今日休日なのでゆっくり楽しみます。


2020.10.09
新城福津農園松沢さんの栗

今年も栗のシーズンが始まりました。こうやって季節は巡ってゆきます。

田舎に住むことの大きな利点はこうやって、なんだかんだとあったとしても季節は巡ってくるんだとダイレクトに感じることができると言うことです。ましてや、生産者の方からじかに顔を見て手渡してくださる。

イタリア修行時代はそこまで理解できるような感覚は無かったのですが、一箇所になるべく長く留まり器用でない自分が少しでも、当時はまったく分かっていないながら、イタリアのなんでもいいから自分の中に取り込んで帰るんだ!みたいな高揚感だけはあって。レストランの目の前に立つ朝市で仕入れてくる食材や自家菜園の季節の野菜、それに何度かお供させていただいたGurana PadanoやGorgonzoraなどチーズの生産者やOltre Poなどのワイナリーなどの買い付けなどのレストラトーレとしての日常。

それが今この地に根をおろしてやってられているギフトみたいなものをイタリアから頂いて帰って来たのかなぁ。と、この頃つとに思って過ごしています。


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