「ちりとてちん」?
実は落語の演目です。三味線の音色から取られた“微妙な”食材(?)「ちりとてちん」。
噺家の目から見た“食”の話題を取り上げてもらいます。さて、どんな話が飛び出すのやら・・・

 

「2023年、コロナ自粛中のエトセトラを報告?します 2月篇」

 

 清八でございます。遅くなりました。毎月、「食」に関する書籍・漫画・DVDなど、主に中古品を探しては買い求め、読んだり、観たりして学習しております。

それでは、2月分を報告させていただきます。

 

■「信濃川日出夫 著 山と食欲と私16」
新潮社(2022.8.15)中古漫画本

 全国3000の書店員が選んだ「2016年コレ読んで漫画RANKING」で、第2位となった「単独登山女子」が展開する「行動食」「山食料理」の世界。その16巻を入手出来ました。今回のメニューは、「大間のクロマグロのお刺身、味噌貝焼き」「下北半島の馬刺し」「かんずり旨辛おでん」「雪山ケーキ」「スタミナ野沢菜焼きうどん」「ミックスナッツコ ーヒー」「シャベル焼肉」「大根とアンチョビのピリマヨドッグ」「黒豚角煮まんじゅう」「豚足の漬け焼き」「鹿児島産鶏のごて焼き」「鹿児島名物の鶏刺し」「黒霧島の温泉水割」でした。

 第173話の「雪中の旨辛おでん」では、知人の裏山で雪上ランチとして、おでんパックを湯煎して「かんずり」を加えたアレンジおでんが登場しました。雪上ランチで思いだしたのですが、11年前の3月17日に八ヶ岳のゴンドラ山頂駅から縞枯山荘近くまで移動して、雪上で「チーズフォンデュでわいわいワイン会」を経験した事があります。バックナンバーのNo.113に掲載してありますので、ご興味のあるお方はお読みください。用意していった食材の中身は、フランスパン、ソーセージ、ブロッコリー、ピーマン、プチトマト、アスパラガス、にんじん、ホタテ、ハム、ちくわ、はんぺん、水煮のうずら卵でした。雪の量にもよりますが、機会があれば、又、やってみたいです。(画像①)

 

 


(画像① 山と食欲と私)

 

 

■「住吉史彦 著 浅草はなぜ日本一の繁華街なのか」
晶文社(2016.3.1)中古本

 先月の「ちりとてちん」に、浅草弁天美家古の四代目・内田榮一著「浅草寿司屋ばなし」を取り上げました。二月に古本屋さんで入手できたのが、この本でした。35~56頁に、五代目・内田正さんと「ちんや」六代目の著者の対談が載っていました。対談の中で、五代目は「いままで鮨屋に来てくださるお客さまは、よその鮨屋に浮気をしないという原則のようなものがあったように思います。『美家古寿司』一本で代々来てくださって、それで成り立っていた。それがテレビや雑誌、インターネットのグルメサイトの普及で、お客さまはあらかじめ、うちには江戸前鮨を期待していらっしゃる。そのとき、うちが完成された江戸前鮨をお出しして、投下された金額に満足するものでないとリピーターにはならないという、一回勝負となってしまったわけです。こんな話をすると可笑しいかもしれませんが、私たちは鮨を売るのですけど、その店の親父も一緒に食べられているという意識をもってやってきたんですね。」というくだりがありました。お鮨屋さんだけでなく、フレンチでもイタリアンでも中華でもエスニックでも、全く、その通りだと思いました。

 56頁の「老舗の流儀」には、「一.仕事というのは、伝染るものである。親方の仕事が伝染ったら、それを継承して日々励むのみ。一.職人の仕事とは、親方のいる高みと自分のあいだを、日々埋めようとし続けることである。」とありました。(画像②)

 


(画像②浅草はなぜ日本一の繁華街なのか)

 

 

■「奥成達 文 ながたはるみ絵 駄菓子屋図鑑」
飛鳥新社(1995.8.7)中古本

 40~50年前に下町の駄菓子屋さんで売っていた「駄菓子」と「おもちゃ」を紹介している本です。寒天ゼリー、粉末ジュース、チューブチョコ、ココアシガレット、カウボーイガム、オレンジマーブルガム、紅梅キャラメル、麩菓子、変わり玉、ミカン水、水あめ、ソースせんべい、酢いか、梅ジャム、ポン菓子、ベビースターラーメン、などの駄菓子、ご経験ありますか?そして、日光写真、移し絵、紙せっけん、模型飛行機、鉄砲ねヨーヨー、ビーズ、ぬりえ、磁石、知恵の輪、竹とんぼ、少年雑誌の付録、ご存じでしょうか?

 私は、今年、戸籍年齢69歳になりましたが、幼稚園の頃には確か20円あれば、両手に持てない程の駄菓子を買えた?と思います。14~16頁に「♪ワタナベのジュースの素です、もう一杯」が載っていました。私の実家の裏に井戸があって、当時は、水道ではなく、この井戸水を飲用しておりました。実家は、新居関所のすぐ南側で、江戸時代は関所の敷地内でした。私は、この元関所内で生まれ、この元関所内の井戸で産湯を使い、小学四年生まで住んでおりました。当時の記憶では、幼稚園の先生や祖母からは、そんなもん飲んだら、口の中が真っ赤になるとか、舌がまずくなるとか言われ続けましたが、駄菓子屋のお兄さんから一袋ずつ買って、この井戸水で薄めて飲んでおりました。たぶん、小学校高学年の夏休みに町の図書館の図鑑で、「全く果汁を使っていない合成粉末飲料」、という解説を読んでから、口にするのを止めたようです。

 274~277頁に、「少年雑誌の付録」が載っていました。1960年代頃までは、少年雑誌は月刊誌で、「少年」「少年画報」「冒険王」「ぼくら」「少年ブック」なとがありました。当時は、各雑誌とも付録が多く、「読み切り漫画本」とか「紙製の戦車や飛行機模型」「すごろく」「輪ゴム連発銃」「日光写真」「顕微鏡」「幻灯機」「模型飛行機」などなど、おもちゃを売っているお店があっても商品アイテムの乏しい時代でしたから、子供心に愉しみな雑誌でした。うちの町内には、この付録だけをばら売りしてくれる貸本屋さんがあったり、お祭りの縁日には必ず、この付録の露店が出現してくれました。私も含めて、当時の子供たちには「ワンダーランド」でしたね。確か、週刊少年サンデー・マガジンも最初の頃は、付録がついていた記憶があります。(画像③)

 


(画像③駄菓子屋図鑑)

 

 

■「山口恵以子 著 ゆうれい居酒屋」
文春文庫(2021.12.10)中古本

 「食堂のおばちゃん」シリーズ、「婚活食堂」シリーズ、など飲食店を舞台にした小説を書かれている著者が文春文庫めために書き下ろされた作品でした。タイトルどおり「女将さんはゆうれいだったのです」という話です。それでは五話とも同じ落ちになってしまうのかと思いましたが、さすがに少しずつ変化を加えてました。

 巻末に、「ゆうれい居酒屋」時短レシピ集が掲載されていました。「セロリと白滝の柚子胡椒炒め」「シジミの醤油漬」「茹で鶏のネギソース掛け」「海老とブロッコリーのガーリック炒め」「油揚の味噌チーズ挟み」「お出汁のゼリー」「春雨中華スープ」「鮭の酒蒸し梅胡麻だれ」「タコのカルパッチョ」「中華風茶碗蒸し」「キャベツと豚肉の重ね蒸し」「キノコとホタテのアヒージョ」「鱈とアサリの紙包み焼き」「混ぜ麺」「とろろ昆布の餡かけおかゆ」「塩昆布のスパゲティ」、いずれも結構な一皿になっています。(画像④)

 

 


(画像④ゆうれい居酒屋)

 

 

■「大原千鶴 著 しあわせを味わう 京のうちごはん」
PHP(2016.1.22)中古本

 先月の「ちりとてちん」に、京都しあわせ倶楽部の「京都しあわせ食堂」を取り上げました。その同じ編集室から大原千鶴さんのレシピ本が発行されていました。「あんかけがゆ」「あじのきずし」「甘湯葉丼」「京のすきやき」「さばのしょうが煮」「ぶり大根」「いか豆腐」「ばらずし」「さばずし」「あらめの炊いたん」「ちりめん山椒」などなど、和のおかずレシピ、ちょっとした一手間で「御馳走」になるのだと理解できます。14~15頁に「京都人は、おだしの効いた野菜料理が好き」と書かれていました。「…あと、禅宗の影響でしょうか、ものには命があり、野菜の葉一枚であってもそのものの命を粗末にすることなく大切に料理する。命を活かしきる始末の利いた料理をすることが喜びだと京都の人は思うてます。お金があってもそこを愉しめないと本当の豊かさとはいえない。そんな風に感じるんです。それで、お人さんがそんな風に生きてはるのを見て『ケチ』やとは思わへんのです。『えらいなぁ』『すてきやなぁ』と思うんですね。京都人って面白いでしょ。」銀座や赤坂で、公費で飲んで食べてはる元総理や議員はん、この意味がわかるかなぁ?わからないだろうなぁ?

 私は、今月で戸籍年齢69歳になりました。中学生時代の修学旅行を除くと、37年以上、京都に通っております。1998年には毎月一回、「池坊学園こころホール」に通っておりました。1975年9月から2016年6月まで定期購読を継続していた「季刊 上方芸能」の編集部が「人間国宝と各会第一人者による芸能実演鑑賞講座」を企画・開催され、京阪神の読者対象?だったのですが、長年の定期購読者という事で参加出来ました。菊原初子(地歌)、茂山千作(狂言)、吉田玉男(文楽)、桂米朝(落語)、常磐津一巴太夫(常磐津)、山﨑旭萃(琵琶)、竹本住太夫(義太夫)など、当時の名人上手を生で見聴き出来ました。講座の後は、路地や小路にある京都人行きつけの小さな飲食店を経験することが出来ました。これらの経験は、一生の宝物やと思うてます。(画像⑤)

 


(画像⑤京のうちごはん)

 

 

■「東海林さだお 自選 ショージ君の旅行鞄」
文春文庫(2005.2.10)中古本

 ショージ君の二十数年にわたる「食」と「旅」の名紀行文なんですが、文庫本で、何と905頁あるのです。ショージ君の文庫本は、拙宅の蔵書内に80冊ありますが、こんなに厚いのは初めてでした。盛沢山の内容なのですが、159~163頁に「韓国、うなぎドジョウ事情」という一文がありました。韓国内の鰻専門店で体験された内容でした。「…テーブルのまん中にロースターがあって焼肉を焼くようにウナギを焼く。ウナギの開き方は背開きで、串は打たない。ダラリと長い奴をダラリと網の上に置く。中年のオバチャンがつきっきりで焼いてくれる。ウナギは焼くのに時間がかかる。…裏表引っくり返すこと八度、ついにウナギが焼きあがった。蒸さないでこのまま食べる。オバチャンが一匹をハサミで四つに切ってくれる。韓国のウナギの食べ方には三方式がある。一つは日本と同じ甘辛のタレをつけて食べる方式。次が例の唐辛子味噌をなすりつけて食べる食べ方。ウナギはヒラメなんぞと違って個性の強烈な奴だから、唐辛子味噌にもびくともしない。堂々と対等に渡りあって双方堂々と引き分ける。そのあたりの口中勝負がおいしい。日本に帰ったらやってみようと思ったほどだった。日本でもサンマをコチュジャンで食べる人もいるというから、ウナギだって合わないはずがない。三番目が塩。ウナギの白焼きに塩をふりかけて食べる。(そんなことして大丈夫か)と思うかもしれないが、これもけっこういけます。日本でも白焼きはワサビ醤油で食べるわけだから、その醤油が塩に変わっただけだ。塩で食べると、“脂の強い川魚の味”が浮き上がってくる。酒の肴にいいと思う。ワサビがあれば更にいいと思う。韓国ではこれを葉っぱにくるんで食べるわけだが、われわれはそれは勘弁してもらった。ウナギに葉っぱはやっぱり合わない。」

 ちなみに、私は湖西市新居町で生まれ暮らしておりますが、子供の頃から鰻の白焼きはわさび醤油とにんにく醤油の二パターンがあり、全国どこでも同じだと思っていました。関西では「実山椒」で食べることがわかった学生時代、カルチャーショックでしたが、ぱりぱりの白焼きには、この「実山椒白焼き鰻」が酒の肴には一番になりました。(画像⑥)

 

 


(画像⑥ショージ君の旅行鞄)

 

■「土田美登世 著 日本イタリア料理事始め」
小学館(2009.8.10)中古本

 先月の「ちりとてちん」に、取り上げた「やきとりと日本人」の著者、土田美登世さんの名前を覚えていたので、古本屋さんでこの本を見つけました。今回の真打、トリの登場です。日本で最初のイタリア料理人とされる、堀川春子さんの90年にわたる生涯を紹介された珠玉の一冊でした。1917年、東京・三田に生まれ、1932年、15歳でイタリア大使館の住み込み家政婦としてイタリアに渡り、36年に帰国するまで大使館内外の現地料理を食べ歩き、レシピを覚える日々であったという。結婚後、ご主人の体調が悪く、働くために、35歳で在日イタリア大使付き秘書のメイドとして勤務する。やがて、大使館内でのパーティの料理も手伝い、セッティングやシーティング・アレンジメントまで担当することになる。62年、45歳の時、新宿「伊勢丹」から誘われ、在日大使館を退職して「カリーナ」を開店、シェフとしてフルコースのレストラン経営に進出する。この店のメニューには、「ミネストローネ」「仔牛のカツレツ ミラノ風」「仔牛とトマトの煮込み」「カネロニラ」「ラビオリ」「カルボナーラ」「スカンピィ」「リゾット」「サラミピザ」など、前菜、スープ、肉料理、魚介料理、ピザ、リゾット、サラダ、アイスクリームなど、37点が常時、用意されていたという。64年、47歳の時はパラリンピック・イタリア選手団の食事を担当する。そして、新宿ステーションビルに「スカイダイニングプチモンド」を開店。67年、50歳で日本橋東急に「サンレモ」開店。71年、54歳で原宿「トスカーナ」を開店、総責任者となる。73年、56歳で「イタリア料理研究会」発足、日本各地で料理講習、イタリアに留学生派遣を開始する。92年、75歳の時には、ヴェネチアのピッツェリアで10日間、ピッツァの講習を受けている。2006年、89歳の時、大阪ガスの講習会で倒れ、入院、闘病生活を送るが2008年91歳で永眠されている。

 巻末には、春子さんのレシピとして「マンマのトマトソース」「ゲンメ風ミネストローネ」「スパゲティ・ボンゴレ」「トスカーナ風スパゲティ」「パリア・エ・フィエーノ」「アルフレード風フェットゥチーネ」「ティラミス」「パンナコッタ」が掲載されています。

 とんでもない内容の連続でした。私は、17年前に豊橋市「フラスカティ」のシェフとマダムと出会い、家族ぐるみのお付き合いをさせていただき、お二人が修業されていたイタリアでの地名や料理の名前、食材の名前、レシピも何十回も伺ってきましたので、この本の中に書かれた内容が、よく理解出来ているような雰囲気でした。いろいろと勉強させていただき、ありがとうございます。(画像⑦)

 

 


(画像⑦日本イタリア料理事始め)

 

 

 ところで、この「ちりとてちん その209」が公開されている頃には、3月13日からの「コロナ対応」で、「マスク着用については、場面に応じた適切な着脱をお願いします」という国の見直しになっているはずです。先月から、この見直しの情報がモーニングショーなどで報道されたためか、すでに屋内・屋外問わず「マスク未着用」の方が増えているようです。

 2月26日のお昼前後の出来事なんです。浜松市中区の鴨江町、大工町、鍛治町、肴町、有楽街周辺を歩いてお店ウォッチングをしておりました。いました。いましたよ。駐車場の車から、「ノーマスク+くわえタバコ」、自転車・バイクで「ノーマスク+くわえタバコ」、そして多分、多分スーツで高級そうな鞄を持った営業のおっちゃん、「ノーマスク+歩きタバコ」、コロナ以前の問題だと思いますよ。3月13日以降、サービス業、接客業、飲食店、喫茶店、電車・バスの中、これまで以上に「怖い」状況にならなければよいのですが…。

 

 

2023.3.15 清八



38年間、お付き合いしている長野市戸隠の森の喫茶店です。


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