「ちりとてちん」?
実は落語の演目です。三味線の音色から取られた“微妙な”食材(?)「ちりとてちん」。
噺家の目から見た“食”の話題を取り上げてもらいます。さて、どんな話が飛び出すのやら・・・

 

「2023年、アフターコロナのエトセトラを報告?します 8月篇」

 

 清八でございます。「暑さ寒さも、彼岸まで…」言われてきましたが、今年は、どうなんでしょうか?さて、毎月、「食」に関する書籍・漫画・DVDなど、主に中古品を探しては買い求め、読んだり、観たりして学習しております

それでは、8月分を報告させていただきます。外出先での学習報告も加えました。

 

■「阿川佐和子 他著 おいしいアンソロジー お弁当 ふたをあける楽しみ。」
大和書房 (2022.11.15)中古本

 現物を豊橋まちなか図書館で発見、古書店で見つけて購入出来ました。2013年9月にPARCO出版より刊行された「アンソロジーお弁当。」を改題し、再編集しての文庫本でした。44人の作家、芸能人による、お弁当にまつわる、ちょっと笑えたり、切なくなったりする思い出話でした。

 79~88頁の「赤いアルマイトのお弁当箱」(池波志乃)では、中尾彬との結婚後の話として、「新婚の頃、亭主のためにお弁当を作ることに憧れて、とっておきの塗りのお弁当箱に『これでもか!』というほど頑張って作ったご馳走を詰めて持たせていた時期があった。松茸ご飯にエビフライ、和風ステーキに特製サラダ。煮物に和え物、デザートまでつけた豪華版のお弁当だ。亭主も当時はまだ若く、新妻が頑張って作ったお弁当を喜んで食べてくれた、と思っていた。ある時、衣装部さんが私の帯を締めながらいった。『この間中尾さんと仕事したんですけどね、凄い弁当食べてましたねー。撮影所中で話題になってましたよ、俺たちが食べてるロケ弁とは大違いだよなぁって……』この一言で私は新婚の夢から覚めた。さっき無理に食べたロケ弁が胃の中で固まったような気がした。私自身はずっと同じ『ロケ弁』を食べていたのだ。配慮のない自分に腹が立ったし、なにより亭主に申し訳ないことをしたと、思いっきり落ち込んだ。」

 95~102頁の「私のお弁当」(沢村貞子)では、「むかし、六代目菊五郎さんは、舞台に出る直前に丼ものをかっこんでいる若い役者を、『バカ野郎、腹いっぱいでいい芝居が出来ると思っているのか……』と怒鳴りつけたという話をきいた。…自分が役者になってみて、それが改めて身にしみた。空腹すぎてもイライラして具合が悪いが、食事をしてすぐライトにあたったりすると、ボーっとしてセリフを忘れ、間をはずし……ときには眠気がさしたりしてとんでもないことになる。こわいこと……。」 

 私が42年続けている湖西市新居町での「本果寺寄席」ですが、開始当初は、19時開演でした。現在は17時開演になっております。19時開演の頃は、軽食を用意しておりました。お腹いっぱいになると、声が出なくなったり、緊張感が薄れてしまうからです。私自身、昼の高座を頼まれて、まだ1500円位だった「上鰻丼」や「上鰻定食」を用意していただき、腹いっぱいにしてしまい、困った経験がありました。(画像①)

 


(画像①お弁当 ふたをあける楽しみ)

 

 

■「小林聡美/森下典子ほか著 ぱっちり、朝ごはん おいしい文藝」
河出書房新社(2023.3.30)中古本

 朝ごはん大好きな35人の作家、芸能人による、個性豊かな傑作エッセイでした。

 64~67頁の「モーニング」(万城目学)では、京都市内の喫茶店の個性を書かれていました。「『イノダコーヒ』は、午前八時半に訪れたにもかかわらず、すでにずいぶんなにぎわいだった。朝からいきなり、ビーフカツサンドをいただくも、やわらかい和牛の深い味わいに惹かれ、案外いけてしまう。アイスコーヒーを注文すると、最初からミルクと砂糖を入れて持ってきてくれるのがイノダ風である。気品ある店内の雰囲気なれど、ちゃんとスポーツ新聞が置いてあるのがいい。若い女性はいつまでもひとつの店をひいきにはしないが、一度座ったおっさんは十年その店を利用する、というのが、私の喫茶店利用客論である。大学時代、京都で下宿していた頃、ひいきにしていた喫茶店に私は今も時間があったら寄る。かれこれ十五年間通っていることになる。もちろん、店にはスポーツ新聞が置いてある。一方、百万遍の『進々堂』に、スポーツ新聞は置いてない。その代わり、この店には『知』の気配が置いてある。本当に集中して読んでいるのかどうか知らないが、京大生が難しい顔で本とにらめっこしているのを見ると、その丸まった背中からえも言われぬ『知』のオーラが立ち上がって見える。…」 

 82~87頁の「秋田は納豆王国」(小泉武夫)では、「…ところで先日、秋田市に旅したときのことですが、車で街を走っていたら『納豆ラーメン』という看板を見つけました。そこでさっそくその店に入って、納豆ラーメンを注文。ところが出てきたラーメンが、外見上は普通のラーメンと何も変わったところがないのです。麺の上にメンマと焼豚とネギがかけてある。で、さっそく食べてみました。一口食べて『うまいッ』、二口目で『すごいッ』、三口目に感心しました。納豆をよくすり潰してから布で漉し、トロントロンの納豆汁をベースとしたラーメンの汁だったのです。ラーメン特有のスープのダシ殻のうま味に納豆の奥味がついて、それが麺をなめらかに滑らせて口に入るものだから絶妙で、そのあまりの美味さに七転八倒する思いでありました。」(画像②)

 

 


(画像②ぱっちり、朝ごはん おいしい文藝)

 

 

■「安倍夜郎著 深夜食堂20」小学館 
(2018.7.4)中古本漫画 

 今回のお品書きは、「ししとう」「イカ焼き」「ビフカツ」「ニラチヂミ」「ホルモンとキャベツのみそ炒め」「明太子玉子焼き」「はんぺん」「鮭ときのこのホイル焼き」「きつねうどん」「白子ポン酢」「いぶりがっことマスカルポーネチーズ」「バニラアイス」「長ネギのチーズ焼き」「トリュフ塩」でした。

 24~34頁の「ビフカツ」。74歳の女友達が深夜に、牛肉のカツレツ肴に焼酎ロックというお話でした。深夜はともかく、高齢者になったら良質の肉を少しだけ?というのが長寿の秘訣の一つになってきました。子供の頃、私は肉が駄目で、学校給食でカレーや肉じゃがに入っていた脂身を残して、担任に叱られていました。トンカツも総菜屋から母親が買ってきて冷めた状態は好きではありませんでした。当時は、電子レンジも無かったし、かつ丼という選択肢もなかったし、当時の脂身の多いトンカツは好きではありませんでした。ビフカツという、牛肉のカツレツの存在を知ったのは、高校生の頃、「暮しの手帖」でホテルメニューのレシピが掲載されていて、その写真と共に知りました。就職後に、大阪とか京都に出かけるようになり、初めて食して、「こんなおいしいものが…」と感激した記憶があります。関西の食堂には、「他人丼」や「肉うどん」があってコスパよく牛肉が食べられました。

 87~96頁の「きつねうどん」は、同じ声優学校で勉強している女の子二人がバイトの後に、関西風のきつねうどんを一緒に食べて、というお話でした。私は、子供の頃から、お稲荷さんとか、きつねうどんが大好きでした。関西に通っていた頃は、立ち食いの「きざみうどん」も大好きでした。家でつくる時は、卵とじにすることもあります。「きつね丼」、ご存じでしょうか?油揚げ、玉ねぎの卵とじ丼なんですが、京都では、玉ねぎの代わりに九条ねぎを使います。「衣笠丼」として、何年か前、「秘密のケンミンSHOW」で紹介されていた記憶があります。ねぎ抜きの油揚げの卵とじもあります。きつねを使わない、かまぼこやちくわを使った「木の葉丼」も関西ではお馴染みの丼なんです。私だけかもしれませんが、豊橋市まで行けば、「しのだ丼(きつね丼)」や「木の葉丼」のメニューのあるお店があり、ますます浜松より豊橋へ通う頻度が高くなっております。(画像③)

 


(画像③深夜食堂)

 

 

■「信濃川日出雄著 山と食欲と私14」新潮社(2021.7.15)中古漫画本
■「信濃川日出雄著 山と食欲と私17」新潮社(2023.7.15)中古漫画本

 全国3000の書店員が選んだ「2016年コレ読んで漫画RANKING」で、第2位となった「単独登山女子」が展開する「行動食」「山食料理」の世界。その14巻を入手出来ました。今回のメニューは、「ベニテングダケ」「昆布締め塩麹ステーキ」「ボルシチ」「みかんジュース」「鯛めし重と鯛塩ラーメン」「摘みたて山菜のナンピザ」「ダルバート」「特大鶏つくねと冷蔵庫の余り野菜のちゃんこ鍋」「滅菌ガーゼで濾したコーヒー」でした。79~88頁の「摘みたて山菜のナンピザ」では、スーパーで普通に入手できる「手のばしミニナン」をレトルトカレーで食べる、という場面があるのですが、焼いてあるナンだし、レトルトカレーも温めなくても大丈夫だし、防災時の食品にも応用できるんです。

 その17巻のメニューは、「カンパチの漬け丼」「桜島大根の千枚漬け」「豚味噌おにぎりとそら豆のペペロンチーノ」「パワフルハンバーグパイ」「竹筒で炊いたココナッツ赤飯」「飛騨牛にぎり寿司」「西穂山荘の西穂ラーメン」「鶏ちゃん混ぜごはん」「培養肉のステーキ」「おつまみ出汁茶漬け」でした。107~116頁の「マナする?~煤だらけの爺兄~」は、フリマで入手出来た、ホープ社の灯油燃料を使用した携行用ストーブ「ホープ・マナスル」の取り扱い方でした。友人がキャンプの時に持参しては、手間をかけてコーヒーやお湯割り用のお湯を沸かしていたのを思い出しました。(画像④)

 

 


(画像④山と食欲と私)

 

 

 8月28~29日、コロナ禍前の、もう何年ぶりに岐阜県高山市、下呂市に行ってきました。高速代の節約もあったのですが、国道257線で往復しました。それぞれの道がどのように拡幅されたり、トンネル化されたのか、確認の目的もありました。高山市では、旧・久々野町役場前の酒屋「坂本酒店」に挨拶に伺いました。この「ちりとてちん」では、No.051,No060,No078で紹介しておりました。私のワインの師匠、坂本家のショップなんです。(画像⑤、画像⑥)

 

 

 


(画像⑤⑥坂本酒店)

 

 先代とは、40年近くのお付き合いになります。旧・久々野町に約40年前ね突然、出現した日本酒店の地下のワインセラー、フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、ポルトガル、オーストリア、高山周辺にワインを普及するために「わいわいワイン会」なる試飲会を立ち上げ、現地での会に数回参加させていただき、湖西市新居町内の拙宅での会を始めたのが、記憶の範囲では36年前でした。単に、ヨーロッパのワインを味わうだけでなく、ワインに合う肴、料理を見つけようと、目的が一致し、様々な展開を致しました。和食、中華、エスニック、イタリアン、などなど、いろいろ試行しておりました。当然、飲食店をプロデュースしたり、飲食業経営ではなく、まったく個人的な興味と好奇心でした。何と、2001年6月16日、拙宅での第二期「第三回わいわいワイン会」の資料がありましたので、掲載させていただきます。(画像⑦、画像⑧)

 この時は、ベルギーへビールの試飲に通っていた?頃なので、ベルギービール3種類、白ワイン3種類、赤ワイン1種類、赤スパークリンクワイン1種類でしたね。とんでもない量と思われるでしょうが、当時の参加者の平均年齢は50歳、12~13名の参加でした。参加者の変化、「コロナ禍」もあり中断しているのですが、そろそろ第三期を考えております。

 

 

 


(画像⑦⑧「第三回わいわいワイン会」の資料)

 

 

 高山市の帰り、下呂市上呂町内の「民宿赤かぶ」に宿泊、当夜開催の「気まぐれ寄席桂文治独演会」(画像⑨、画像⑩)のお手伝いをしてきました。この民宿は、1982年8月7日、国内ではめてのユースゲストハウスとしてオープンされました。ユースゲストハウスとは「大人のためのユースホステル」の事です。オープン時は周辺は田んぼでしたが、現在は、回転寿司以外はコンビニもスーパーも飲食店も、たくさんたくさんあります。最寄り駅は、JR飛騨萩原駅です。私は、オープン時からの会員で、高山祭や古川祭、当時の舟山スキー場の宿泊に利用したり、この赤かぶ内での「わいわいワイン会」に参加を続けました。1984年からは現地の有志と「百八会」を結成、プロの噺家さんを招聘しての落語会も始めています。1988年3月には春風亭愛橋・柳家小蝠・桂南なんの三師匠のドライバー兼マネージャーとして、私も前座で高座を務めました。なお、この三師匠は、現在の瀧川鯉昇・柳家蝠丸・桂南丸の二つ目時代です。

 今回の「気まぐれ寄席」では、出囃子の音響と会場のバラシをお手伝い、その後は、お弟子の桂空治さんもご一緒に、打ち上げにも参加させていただきました。文治師匠とは、真打昇進時まで「浜松寄席」で、打ち上げまで常に参加しておりましたので、約10年ぶりの打ち上げ参加でした。ありがとうございました。「アフターコロナ」、県外移動も自由になってきたので、これからも久しぶりの場所を訪ねていきます。

 

 


(画像⑨⑩気まぐれ寄席桂文治独演会)

坂本酒店
https://waiwai-wine.com

民宿赤かぶ
https://www.akakabu-wa.com/

 

2023.9.23 清八



38年間、お付き合いしている長野市戸隠の森の喫茶店です。


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