「ちりとてちん」?
実は落語の演目です。三味線の音色から取られた“微妙な”食材(?)「ちりとてちん」。
噺家の目から見た“食”の話題を取り上げてもらいます。さて、どんな話が飛び出すのやら・・・

「2023年、アフターコロナのエトセトラを報告?します 7月篇」

 

 清八でございます。お暑うございます。私がラジオやテレビで落語を聴きだしたのは55年位前なんですが、その頃の落語家さん達が夏になると、マクラで言うてました。「暑いですなぁ。8月でこない暑いんですから、12月になったら、どれだけ暑いか?」。「そんなぁ、あほな!」と笑ってましたが、冗談でもないようになってきましたな。さて、毎月、「食」に関する書籍・漫画・DVDなど、主に中古品を探しては買い求め、読んだり、観たりして学習しております。

それでは、7月分を報告させていただきます。外出先での学習報告も加えました。

 

■「松井今朝子著 今ごはん、昔ごはん」ポプラ社
(2014.6.4)中古本

 現物を豊橋まちなか図書館で発見、古書店で見つけて購入出来ました。京都の日本料理屋に生まれた著者による食べ物にまつわるエッセイ集でした。

 62~64頁の「月見の月餅」では、「中秋の名月に欠かせないのは月見団子で、下から八つ、四つ、二つ、一つと十五個を山型に積みあげたかたちでお供えするが、あれは飾ったあとでどうやって食べるのだろうか?なにしろ京都の実家では飾った覚えがないので、私にはさっぱりわからないのだ。十五夜に食べたのも丸い団子ではなく、こし餡をのせた棒状のしん粉餅だったから、東京に来て、絵でしか見たことのなかったあれが実際に販売されているのにはびっくりしたものである。」確かに、中秋の名月のお供えものは、かつては団子ではなく、豊作祈願として里芋をお供えしていました。京都では、里芋の形に似せて、里芋の皮の代わりに小豆を使ったんやそうです。

 83~85頁の「節分の『お化け』では、「節分には必ずお化けが出たといったら不思議に思われるだろうか?私が育った京都の祇園町では、節分に芸子さんや舞妓さんが色んな仮装をして家に訪ねて来るのを『お化け』と呼んでいた。仮装には魔除けの意味があるそうだから、日本版ハロウィンといった感じかもしれない。」

 私は、31年前に故桂米朝師の「厄払い」のマクラを聴いて、この「お化け」という行事を知りました。江戸から大正時代までは続いていて、平成になって復活、コロナ禍前までは、八坂神社の節分会では、祇園甲部・祇園東・宮川町・先斗町の舞妓さん達が仮装されていた記録があります。(画像①)

 


(画像①今ごはん、昔ごはん)

 

 

■「徳岡邦夫著 京都吉兆しごとの作法」PHP研究所
(2010.10.22)中古本

 京都吉兆嵐山本店総料理長が「THE21」2010年2月号~6月号掲載の「京都吉兆徳岡邦夫の『なぜから始める仕事論』を基に、大幅に加筆・修正のうえ一冊にまとめられたものです。船場吉兆が2008年5月、不祥事による廃業、吉兆グループとして立て直しを図っていた頃の内容になります。

 17~19頁の「老舗だって、いつ潰れてもおかしくない」では、「誤解のないように付け加えさせていただきますと、私たちはミシュランの星を取るために頑張っているわけではありません。ミシュランは、あくまでも物差しの一つです。私たちが常に気にかけているのは、お客様から星を10個いただけるほどのおもてなしができているかどうかです。」

 35~37頁の「お客様のことを先入観だけで判断するな」では、「質の良い仕事をするには、仮説と検証が大事だとよく言われます。ご高齢の方は薄味が好みという傾向は、単なる仮説に過ぎません。ところが、キャリアを積んだ料理人ほど、自分の立てた仮説を過信して、お客様に直接おうかがいするという検証を怠ってしまう。これでは料理人の仮説とお客様の好みが偶然一致したときにしか感動は生まれません。」

 117~119頁の「劇的によくなる可能性を秘める日本の農業や水産業」では、「海外の漁港を歩くと、特有の生臭さが漂っているところが少なくありません。魚が無造作に積み上げられているからです。ですが、日本の漁港を歩いて、息を深く吸ってみてください。潮の香りこそすれ、不快になるような生臭さが漂っているようなところはほとんどないはずです。これは日本の漁港がごく当たり前に魚の鮮度に気を配っているからであり、魚も活き活きとしておいしそうです。鮮度管理の素晴らしさは、農業でも同じです。私の知る限り、いいものを作りたい、いいものを届けたいという意識は、世界の中でも日本の生産者が、トップクラスといっていいでしょう。しかしその一方、何かを伝えることに関しては、圧倒的に努力が不足していると言わざるを得ません。…」(画像②)

 

 


(画像②京都吉兆しごとの作法)

 

 

■「サライ向春特大号 大特集 日本の『地下街』」小学館
(2023.2.10)新刊本

 特別付録の「モンベル 竹製ワンプレート皿」が欲しくて購入したんですが、書店によっては、バックナンバーを20~50%OFFで販売されている。この号は、50%OFFになっていました。東京・八重洲「ヤエチカ」、大阪・梅田「ホワイティうめだ」、浅草地下街、名古屋・伏見地下街、名古屋駅地下街、京都駅地下街、札幌地下街。さすがに、私は戸籍年齢69歳なので、いずれの街ブラも体験しております。直近では、名古屋駅地下街に6月21日に行っております。

 39~41頁は、名古屋駅地下街で、本年3月に閉鎖された「メイチカ」を含めて「ユニモール」「サンロード」「エスカ」の紹介記事でした。「メイチカ」内の「廣寿司本店」が紹介されていました。以前、何度か書いておりますが、私は湖西市新居町生まれで在住しております。昭和39年の東京オリンピックの前年に、実家に白黒テレビが入りました。たぶん、24インチ位だったと思います。まだ終日放送はされていませんでした。実家の父は、テレビは1台なのに、アンテナは2つ設置してくれました。当時、静岡県内のテレビ放送は、NHK、NHK教育、静岡の三局しかありませんでした。アンテナの一つを愛知県側に向ければ、東海や名古屋CBCテレビが観れたのです。愛知県、名古屋市内の自主番組、関西系列の番組も観れたのです。私は小学三年生でした。テレビっ子になっていったのですが、関東と関西の番組を同時に観て聴いていける生活が続きました。そのおかげで、小学五年生頃から名古屋、大阪、京都、奈良などの言葉や地名、地下鉄の駅名、CMで繰り返されるデパートや飲食店の店名が、自然と頭に蓄積されていきました。まだ、「ぴあ」とか「プレイガイドジャーナル」などの情報誌は登場前です。高校三年生頃から桂米朝師のレコードと速記本で上方落語を練習する時に、殆ど抵抗なく、大阪や京都、奈良の言葉を喋っておりました。そして、バイリンガルで聴いて、そのまま理解して覚える事が出来たのです。

 本当に、アンテナを二本設置してくれた、実家の父に感謝、感謝です。(画像③)

 


(画像③大特集 日本の『地下街』)

 

 

■「暮しの手帖 25号」暮しの手帖社
(2023.7.25)新刊本

 6~11頁の特集が、「わたしの手帖 春風亭一之輔 ひとってかわいい」でした。「最近、ある記事で読んだそうだが、永六輔さんは生前、『人を傷つけないなら、自分に関する話は多少盛ってもいい』と語ったという。『言われてみれば、事実をそのまま話しても、面白いことってそんなにない。古典落語もたぶんそうですよね。実際にあったようなエピソードを多少盛って、かなり極点な設定の人にやらせるから面白く聞こえるだけで、小津安二郎の映画みたいに平坦なアングルで棒読みしたら、面白くもなんともないですよね』」

 22~33頁特集は、料理家の山田奈美さんの「夏の養生生ごはんの知恵」でした。「毎日の食事に、昔ながらの食養生と薬膳の知恵を取り入れると、体調を崩しにくくなりますよ」ということで、夏の食養生のコツと、体をいたわる料理の紹介、「さやいんげんと豚肉のオイスターソース炒め」「枝豆の豆腐蒸し」「かぼちゃと鶏肉のスープカレー」「とうもろこしと豚ひき肉の黒酢炒め」「豚肉のウーロン角煮」「トロトロぶつかけそうめん」「アジとトマトのフライパン蒸し」「なすとズッキーニのマリネ」「冬瓜のすり流し」のレシピ紹介でした。「まずは、旬の食材を食べること。旬のものには、その季節特有の不調を改善する特性があります。」先人からの知恵が盛り込まれた料理でした。

 104頁の「暮らしのヒント集」から「旅先でスーパーに立ち寄ってみましょう。ご当地のパンやお菓子、珍しい魚や野菜など、愉快な出会いがあるかもしれません。」全く、この通りです。我が家では、コロナ禍前の海外旅行はホテルと航空チケットのみで、ある特定の都市滞在をしておりました。その方が、現地のコンビニ、ファーストフード、スーパー、チーズ屋、小さなお土産屋さんなど、愉しい出会いがあったからです。そろそろ、海外に出たいものです。(画像④)

 

 


(画像④暮しの手帖)

 

 

■「Meets Regional 季節限定 秋の京都本」京阪神エルマガジン社
(2003.11.1)

 20年以上前ですが、かなりの頻度で京都市内に通っておりました。まだネット購入やAmazonでの購入以前の時代だったので、現地で飲食店やイベント関係の情報誌を購入しておりました。この「季節限定 秋の京都本」も、そのうちの一冊で、2003年11月に新刊で購入、バックナンバーとして保管してきたものです。3頁に「それにしても今年の夏も暑かった。京都は連日35度を超える猛暑の日々。川床で涼んでいても、吹く風はモワ~ンと湿気をおび、涼しいんだか蒸されてるんだかわからない…。と」ありました。今年は20年後です。すると、20年で2度の気温上昇?って事になるんでしょうね。(画像⑤)

 

 


(画像⑤季節限定 秋の京都本)

 

 

 まだご記憶に新しいと思いますが、今年の「土用の丑の日」は7月30日でした。新聞、ラジオ、テレビ、ネット上、いろいろ報道されていましたね。去年より300~400円値上りしたとか、デパ地下、スーパーの鰻コーナーで売れ残った、とか。

 鰻専門店でも、あまりの値段に入店を止めたり、マイナス面での報道もありました。我が家では、何と7月15日、18日、23日と三回も食することが出来ました。15日のお昼は、浜松市西区の「うなぎ割烹 康川 雄踏店」でした。「まぶし茶漬け膳(竹)」と肝焼きをいただきました。(画像⑥)

 実家の法事の後のランチだったのですが、もう、大満足の内容でした。

 

 


(画像⑥「まぶし茶漬け膳(竹)」と肝焼き)

 

 

 18日は、映画の帰りに、14日に豊橋市牟呂町内にオープンされた「鰻夏」(画像⑦)に立ち寄って、白焼き・上(1200円)と肝串焼き3本(500円)を購入出来ました。8月12日まではオープン特別価格だったからです。(画像⑧)元々、「豊橋鰻」の養殖と業務用販売をされている川魚問屋「夏目商店」さんがテイクアウトのみの直販店を始められたという事でした。

 

 


(画像⑦⑧豊橋市牟呂町内にオープンされた「鰻夏」)

 

 

 「豊橋鰻」は平成24年に商標登録されました。豊橋での養殖は、明治29年から始められ、現在、愛知県内産の約一割を占めているそうです。「浜名湖鰻」の養殖は、明治24年からと記録されていますが、本格的に開始されたのは明治30年なので、豊橋とは浜名湖は殆ど同時期のスタートだったようです。私は戸籍年齢69歳で、たぶん浜名湖の天然と養殖の鰻は60年以上は食してきました。この「豊橋鰻」は、なかなかの鰻でした。美味しかったです。感動しております。なお、この白焼きは半分は白焼きのまま山葵でいただき、半分は蒲煮にして鰻丼となりました。肝串焼きは、黒胡椒で食しました。23日は、浜名湖産の白焼き鰻をお中元として二匹いただきました。一匹は白焼きのまま山葵と黒胡椒で酒の肴にしました。あと一匹は、蒲煮にして鰻丼となりました。(画像⑨)

 関西のように、白焼きには実山椒が一番おいしいのですがなかなか入手出来ません。テレビ番組で和歌山県に「山椒唐辛子」(画像⑩)があって、実山椒の代わりになるのでは思い取り寄せました。肉豆腐に使ってみたら想像以上の美味しさでした。いつか、白焼き鰻が手に入ったら、この「山椒唐辛子」を使ってみたいと思っております、8月の一日でございました。

 まだまだ、暑い日が続きますので、お互いに体調に留意しましょうね。

 

 


(画像⑨鰻丼)

 


(画像⑩山椒唐辛子)

 

2023.8.15 清八



38年間、お付き合いしている長野市戸隠の森の喫茶店です。


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