清八でございます。
今年も桜の開花が早いそうでございます。そこで、落語ではお馴染みの「貧乏花見」の一席で失礼致します。東京では「長屋の花見」といいますが、上方では「貧乏花見」この
「貧乏」が差別用語という解釈もされているのやそうですが、「長屋」もそうですわな。今は土地が高いんで上へ上へ積み上げて、マンションとかアパートとか言うてますが、昔は土地が安かったんで横へ並べたんですな。この噺の裏長屋は、ゴーリキーの「どん底」の舞台を思い浮かべて下さい。家が菱餅のように歪んでいるので「三月裏」、年中裸で暮らしているんで「六月裏」、二十軒家があっても戸のある家は一軒しかない「戸無し裏」…。
家賃も今では月家賃ですが、昔の長屋の時代は日家賃というて毎日の家賃、ですから家賃滞納率の高いこと、高いこと。「徳さん、あんたとこ、家賃はどないなってる」「家賃については、親父の遺言がある」「何や」「うちの親父が死ぬ時に、俺はこの長屋に移り住んでから一回も家賃を払うたことがない。どうか、俺が死んでも家賃だけは払うてくれるな、と涙を流して親の遺言…」えらい事、言うてますな。
さて、朝方、天気が悪かったんで、仕事に出そびれてしまった長屋の住人、する事もないんで、表の通りを眺めておりますと、ぞろぞろと人が通ります。「おい、あれ、皆どこへ 行くんやろな」「どこ、行くて、見たらわかるやないか。あら、皆、花見に行きよんのやな」
「そやけど、皆、ええ着物着てるで…」「そら、そやがな。花見に行くと言い上、この着物を見せたい、てなもんやろな」「皆、ええ着物着て、お重下げて、樽酒持って、結構な身分やなぁ。こっちは、汚い着物着て、それ見てぼやいてんねん。おら、もう嫌になってくるわ」「花見に行きたかったら、行たらええやないか。木戸銭いらん」「そやかて、酒が無いがな」「酒、無かったら、お茶持ってかんかい。向こう、酒盛りやったら、こっちゃ、茶か盛りや」「ご馳走が無いがな」「ご馳走言うけどな、今日、家に居てたかて、昼時分になったら腹減るやろ、腹減ったら何なと食べるやろ。それ、持っていったらええやないか」
こうして、この長屋第一回目の合同イベントが開催されます。
「お〜い、長屋の衆、今日の朝礼や。今日、皆、仕事出そびれてるやろ。天気も良うなってきたし、皆で、花見に行こうと思うのや。そこで、一軒に土瓶にお茶入れて持ってきてや。それから、一品ずつ、ご馳走もってきてや」「俺とこ、ご馳走なんか無いで」「いや、
昼に食べようと思うてんので、ええのや」「そうか、そない言うのやったら、かまぼこが
二枚、あんのやけど」「えらい贅沢なもんがあんのやないか、出し」「オットしょ」「何や
笊に入れてきやがって、お前、これ、飯の焦げとちゃうか」「そやから、釜底が二枚や」
「かまぞこか、お前とこ、これがご馳走」「長いなり、が鉢に一杯あるねん」「長いなり、お前、これ、オカラやないか」「そうや、オカラのこときらず言うやろ、切らなんだら長いなりや」「えー、そうめんいかんやろか」「ええがな、しゅっと入ってな」「…これ、醤油と違うか」「そうや」「いや、お前、そうめんて言うた」「そや、おかずが無い時、これ飯にかけて食うのやけど、これ箸ではそもうと思ても、なかなか、はそうめん」「おい、長生きはせんならんな。はそうめんちゅう食べもんがあるとは知らなんだで」
わぁわぁ、言いながら、お茶とご馳走が揃えられます。 「なぁ、皆で、ごじゃごじゃしてる間に、気のきいた奴は身なり改めてきたで。八卦見の先生、やっぱご商売柄だけあって、黒の五ツ紋、黒紋付はよろしいな」「黒紋付に見えますか」「何でんねん」「いや、長屋の子供が手習いをした草紙の真っ黒になったやつを貼り合わせた」「紙の着物ですか」「羽織の紐は?」「こよりや」「辰つぁん、あんた、黒の洋服ですなぁ」「あっ、洋服に見えますか?」「何でんねん」「いや、何にも無いんで、裸に墨塗ったんや」「うわー、汗かいたらないようになるっちゅう服やで」「お梅はん、あんたの着物、
裾が無地で、上に模様があるけども、そんな着物いつあつらえたんや」「何、言うてなはんねん。わてとこ夫婦の間で、着物が1枚しかないがな。で、上はお襦袢着てな、下、何にもないのん頼りないさかい、風呂敷巻いて、ほいで間に帯しめたんや」「ええ、度胸やなぁ。
襦袢と風呂敷で道歩くちゅうがな。おい、頼むさかい、風呂敷落とさんといてや。軽犯罪法どころやないで、保健所が飛んで来るさかいな」
「なぁ、おい、この路地を出る時に、ひとつ皆で陽気に踊って出よか。ちょぃと、ちょいと、コラ、コラ、花見じゃ、花見じゃ」「折角やけど、それだけはやめさしてもらうわ。
酒も飲まんと、そんなアホらしいことができるかいな」
これから桜の宮へと出かけ、騒動が持ち上がりますという「貧乏花見」のイントロダクションでございました。
この噺は、私、好きなんですが、二人の男が企画を決める時に、「酒無かっても、ご馳走無かっても花見したらええのや。おい、心まで貧乏しなや、人間は気で気を養うことができないかんがな。」
この場面は、映画のワンシーンのように大切なフレーズとなっています。
2004.3.22 |