清八でございます。
8月12~13日、東京へ行ってきました。今回も直前になってチケットが確保できた、こまつ座の「兄おとうと」を新宿・紀伊国屋サザンシアターで観る目的でした。実は、私は井上ひさし氏とその作品の大ファンで、昭和48年からの出版物は殆ど初版で購入し読んできたのです。開演は1時半、せっかくなので遠州地区では食べられない料理を食べてきました。
ランチは、東国原知事効果で行列のできる店の一つになっている新宿みやざき館(新宿サザンテラス)内の宮崎料理にしました。あまりの暑さに宮崎地ビールの「ひでじビール(写真①)」を注文、定食を食べてみました。「チキン南蛮定食(写真②)」は、宮崎発祥の郷土料理で、鶏肉を揚げて甘酢にさっと浸し、タルタルソースをかけてありました。そして、「釜揚げしらす丼定食(写真③)」は、釜揚げしらすに大葉と茗荷で臭みを消していました。このような「しらす丼」って、新居とか舞阪とか、しらすの名産地で、これまでどうして食堂のメニューに入れてなかったのか、不思議でしょうがなかったのですが、拙宅での「わいわいワイン会」では、これからのメニューの一つに加えようと考えています。
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写真② |
写真③ |
写真④ |
二階の焼酎コーナーには宮崎まで行かないと入手できない焼酎の数々が並べられていて現地と同じ価格で売られていました。これは、素晴らしいショップ(写真④)だと思います。ところで、このみやざき館のお隣に広島ゆめてらすがあって、こちらは牡蠣料理、穴子めし、お好み焼きが楽しめます。
http://www.konne.jp/
http://www.pref.hiroshima.lg.jp/tokyo/
夜は、六本木ヒルズ内に7月18日にオープンした「新ARATA」に行ってみました。このお店は、外食産業の方はご存知でしょうが、(株)HUGEが外食産業のチェーン店展開に背を向けて、都内の中心地に全国の食材を集めて、ヒルサイド地下二階に一軒の新・居酒屋を立ち上げました。焼き鳥と炉辺焼きをメインにして外国人が安価でゆったりした空間で楽しめるような雰囲気でした。当然、英語のできるスタッフがいましたが、カウンター前には、焼き鳥・炉辺焼きの食材が冷蔵ケースに並べられ、手差し注文もできるようになっています。
マスコミ向けの宣材には、「六本木ヒルズに300円・500円の小皿料理居酒屋」として紹介されていたように、KOZARAは「ポテトサラダ(写真⑤)」白菜キムチなど4種類各300円。辛味豆腐、さつまあげなど12種類500円。SALADAは、「クラシックシーザーサラダ(写真⑥)」など3種類。KUSHIは、180円から350円まで20種類あり、「穴子の白焼き(写真⑦)」とスカルモッツァが絶品でした。これは、モッツァレラチーズの串焼きです。ROBATAは、600円から時価まで14種類、これは、じゃがバターから鮑まで用意されているからです。SHIMEは、冷麺、長崎ちゃんぽん、押し寿司の3種類。ドリンク類ですが、ジュース180円からボトル2500円まで、特にワイン・酒・焼酎・梅酒のボトルは2500円均一になっていました。食べて飲んで、一人4000円といった内容ですが、グループパーティでも、大皿料理や小皿料理(お店の名前は書きませんが、取り皿ではなく、刺身の醤油皿に刻み葱三ヶという店が存在しているのですよ)の形式ではなく、幹事さんが安心してその時の人数と客の好みに合わせて頼めるお店のようで感心しました。最近、ホームページにメニューを掲載しましたので、ご興味のある方はどうぞ。
http://www.a-ra-ta.com/
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写真⑧ |
翌日は、国立新美術館三階のレストラン「ブラッスリー・ポール・ボキューズミュゼ」の1500円ランチを目指したのですが、70食限定の壁を越えられず断念、赤坂方面のレストランへ方向を変えました。(写真⑧)は、二階のカフェ「サロン・ド・テロンド」のショーケース内のサンプルです。赤坂方面といっても、東京ミッドタウンです。高級グルメレストランのメニューのみ見ながら、うろうろしていて見つけたのが、地下一階のカジュアルレストラン内に一ヶ月前にオープンしていた上海家庭料理レストラン「千里馬」でした。あまり期待していなかったのですが、酸辣湯麺は絶品で都内の亜熱帯気候にはぴったりの辛さでした。
後からホームページが確認できたのですが、このお店は上海出身者によりレストランで英語と上海語による対応ができ、点心師による小籠包と生煎包(サンチェンポー)がおすすめとの事でした。こちらもご興味のある方はどうぞ。
http://www.tokyo-midtown.com/jp/shop/13/
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写真⑨ |
最近、落語関係をテーマに取り上げていないのでこんな情報はいかがでしょうか。宿泊した「赤坂モントレホテル」の向かいが、豊川稲荷さんです。そのお隣が、迎賓館赤坂離宮でございます。今頃になって、初めて知ったことなので恥ずかしいのですが、この豊川様は、あの大岡越前守様が「豊川参り」を江戸府下で参拝できるように本山から分霊されたのが起源といわれているのです。お参りをさせていただいたところ、さっそくご利益がありました。本殿の向かって左側の上部に新宿末廣亭さんが昭和32年に奉納された額がかかっていたのです。寄席演芸黄金期です。私たち落語・寄席好きにはまぶしい方々のお名前が、「志ん生、文楽、圓生、小さん、柳橋、金馬、正蔵、三木助、可楽、円歌、柳枝………」寄席文字で書かれていたのです。(写真⑨)もちろん、先代ですが、ご興味のある方は、見上げてみて下さい。
2009.8.17 |