清八でございます。
遅くなりましたが、明けましておめでとうさんでござります。今年も、よろしくお付き合いの程お願い申し上げます。もう2月になってんのに何を言うてんのやと、お叱りを受けそうですが、旧暦ではまだ12月になっておりますし、「節分」とは「立春正月」と言って、一年の始まりを立春付近に求められたようです。
落語の「厄払い」は、年の暮れに厄を払いながら豆をまくというイベントを描いています。今年もスーパーでもコンビニでもデパ地下でも、「恵方巻き」が売られておりましたが、どのような理由・根拠なのか、ご存知でしたか?あるコンビニには、「関西では、節分の日に、恵方を向いて太巻きを食べると、その年は無病息災?」というコピーが使われておりましたが、これはまったくの「あるある演出」なんです。実は、昭和30年代に海苔業界が海苔の需要拡大の為に考えつかれた販売促進だそうです。(節分の日は、海苔巻きの日なのですよ)バレンタインデーのチョコレートやホワイトデーのクッキーのようなものです。ただし、当時は太巻きの中のキュウリを「青鬼」、ニンジンや生姜を「赤鬼」に見立てて、当時のフードコーディネーターさんが創られたそうなので、キュウリやニンジン、生姜の入っていない、干瓢だけの太巻きは「恵方巻」には該当しておりませんので、お伝えさせていただきます。
肝心の「恵方」ですが、その年の歳徳神(吉神)様が鎮座されている方向で、毎年変わるそうですので、一応、お気をつけ願います。
今年の初詣では、飲酒運転撲滅でお神酒を提供しないとか、話題になっていましたね。(官公庁主催の新年祝賀会では提供されていたようですね)そのお神酒ですが、「福の神」様へのお供えなのだそうです。狂言に「福の神」という演目があります。仲間を誘って神社に詣で、豆撒きをしていると、本当に福の神が現れます。福の神に、どうしたら金持ちになれるのか尋ねると、お酒を所望されます。一杯、二杯と飲まれてご機嫌が良くなってくると、金持ちになるためには元手が必要だと言い、その元手とは心の持ちようであるなど、幸せになる秘訣を舞いながら教えてくれるという内容です。
さて、前回のレポートで京都の重盛三玲庭園美術館の事を書かせていただきましたが、くわしくは次のホームページを覗いてみて下さい。
年末年始と天候が荒れてスキー場は助かったようですが、遠出を控えられた方も多かったようです。私も、今回は「寝正月」(この言葉も死語ですね)をしておりましたが、その事がたいへんな出会いを実現させてくれました。昨年5月に、エピファニーさんのご紹介で、ブリュッセル市内の「INADA」さんに行ったのですが、その稲田シェフが年末年始で帰国されていて、再会できたのです。6日にエピファニーさんから連絡をいただき、7日の夜、エピファニーさんで会食しました。
昨年6月の「ちりとてちん」に詳しく書いたのですが、ブリュッセルの稲田シェフは、寸座ビラのオープン当時の厨房スタッフとして来浜、この遠州地区とはご縁のある方だったのです。エピファニーの南竹シェフとは、スイスのローザンヌでのフランス料理研修時代のご友人です。赤ワインとイタリア料理が大好きなシェフなのですが、何と、落語とベルギービールの大ファンで、昨年の出会いでは時間を忘れて盛り上がってしまいました。
今回は、稲田さんからのご指名で帰国時に再会したいメンバーの一員に加えていただいていたという事でした。ただ、ただ、感激、感謝、感謝でした。国内のいろいろなレストランやシェフたちとの懇談でたいへんお疲れのようでしたが、それでも、赤ワインのグラスは離されませんでした。修行時代の冒険談は、南竹シェフから何度も伺っていたのですが、何故、落語・落語家が好きになったのかについて伺いました。それは、料理人の世界と同様、縦の社会で身分制度があり、それぞれに修行期間と仕込みのタイミングがあり、常に生の人間の感性を相手にしている点が共通していて、娯楽や息抜きではなく、相通ずるものが多いからという理由でした。一芸に秀でた方の言葉だと感服しております。
たぶん、今年もINADAさんへ伺いますので、またレポートさせていただきます。
2007.2.4 |